’96第8戦ドイツGP編
予選の成績も徐々に上昇。決勝でも安定してきたノリックに笑顔が戻ってきた。しかし、ノリックにはもっと高い目標がある
予選の成績も徐々に上昇。決勝でも安定してきたノリックに笑顔が戻ってきた。しかし、ノリックにはもっと高い目標がある
 オランダ、ドイツGPの2連戦を連続6位で終えたノリック。安定した成績を残せた理由として、わずかながら予選結果が上向いてきたことがある。第8戦ドイツGPでは10番手。第3戦日本GP以来の3列目スタートだった。第4戦スペインから第7戦オランダまで続いた“予選不調症候群”からようやく脱出。結果はいまいちの6位だったが、後半戦の大活躍を予感させた。
 何が悔しいかって、今回はチームメートのケニー・ジュニアに負けたのが一番悔しかった。前回のオランダでもジュニアが5位で僕が6位。オランダは雨の中断で2ヒート制になった。第2ヒートではジュニアの前でゴールしているからまだ良かったけれど、今回はついに抜くことができなかったんだ。

 同じバイク、同じタイヤ、同じチーム、何もかもが同じ条件で走って負けたのだから、こんなに悔しいことはない。

 あいつとは、その昔、アメリカでダートトラックの練習をしていたころからの仲間。気心も良く知っている。モーターホームもいつも隣で仲もいい。年は僕より2歳上だけど、だれに負けたくないかって、やっぱりアイツだけには絶対に負けたくないんだ。

 言い訳になってしまうけれど、今回のレース、最初のスタートで赤旗が出なければ、絶対にいいところにいけた。表彰台に立てたかどうかは分からないけれど、少なくともジュニアには絶対に負けなかったと思う。

 前回のオランダは、サスのセッティングが決まっていなくて雨の中断で助けられた。今度はその反対に、中断が悪い結果につながってしまったんだ。

 最初の中断の理由は、ウオームアップの時にラッキーストライク・スズキのテリー・ライマーと、もうひとりプライベーターの選手が転んだこと。コース上に救急車が入っているのに、それに気づかずにスタートさせてしまったからなんだ。

 僕も最初はおかしいと思っていた。僕のとなりからスタートするはずのライマーがスターティンググリッドについていなかった。それなのに、あれっ、どうしてスタートなの?って。ウオームアップでそんなことになっているなんてその時は知らなかった。おかしいなって思っていたけど、まあ、いいやって最初のスタートは、1コーナーに5番手から6番手で入れる超いいスタートだった。

 だから、赤旗を見た時はチキショ〜って感じだった。それで、やり直しの2回目はフロントが浮いて大失敗。コーナーに入った時は10番手。最初のスタートでは2列目のジュニアをすぐに抜けたのに、2回目はジュニアに先を越されてしまったんだ。

 序盤は、僕の前にラッセルと岡田さんがいた。同じようなペースでどんどん前の方に追い付いていった。そして2周目に僕の目の前でロンボニが転倒。それで前のふたりにぐっと離された。次にバロスに引っ掛かってしまった。でも、バロスは5〜6周で抜くことができた。去年までだったらバロスに引っかかるとなかなか抜けなかった。それが今回は、ここだってところでスパッと抜けたんだ。

 それからは岡田さんを目標にどんどんペースを上げた。最終コーナーを曲がってホームストレートに出ると、トップ集団も見えていた。でも、トップ集団とはつかず離れずで、とりあえず岡田さんに追い付こうと思ってペースを上げた。岡田さんを抜いたのはラスト5周。今度はジュニアの番だと思ったけれど、ジュニアとは6〜7秒の差があって、ああ、もう届かないなって思った。

 結果は、オランダGPから連続の6位。前回の6位は可もなく不可もなくといった感じだった。でも、今回の6位は大収穫だった。だって、予選がまず10番手だったこと。スペインから続いている4列目スタートを脱することができたし、それに決勝レースでは自己ベストを1秒半もつめることができた。僕はみんなと違ってリアに軟らかいコンパウンドを選んだ。レース中はそれがずっと失敗だったかなって思っていたけど、優勝したカダローラが同じタイヤを選んだって聞いて、やっぱり間違っていなかったなって。第4戦スペインから第7戦オランダまで自己ベストを更新できていなかったし、それを考えればなかなかの出来だった。

 レースが終わって、岡田さんは27周のレースで10周目にタイヤが終わったって言っていたらしい。それを聞いた時に、僕は8周で終わっていたんだゾって。それで抜けたんだから、ああ、やっぱり僕の勝ちだったなあって……。そんな冗談も出るほど、今回はまずまずの結果だった。

 この調子で後半もガツーンと行くぞ! でも、次のイギリスGP(21日決勝)は、2年前に僕が初めてヤマハで走ったサーキットなんだよね。たった3周で終わった悪夢が、ああ、またよみがえってきてしまった。

■1996年7月10日掲載