第4戦フランスGP編
序盤は原田(31)、岡田(8)を従えて快走したノリックだが……(カメラ=竹内秀信)
序盤は原田(31)、岡田(8)を従えて快走したノリックだが……(カメラ=竹内秀信)
 予選開幕から地中海の強風“ミストラル”が吹き荒れた第4戦フランスGP。決勝日は風も弱まり絶好のコンディションとなったが、トップ集団のM・ビアッジ、K・ロバーツJrが転倒リタイアする大荒れの展開。その後方、予選10番手3列目スタートから追い上げた阿部典史は、序盤にグイグイとポジションを上げて4番手に浮上したが、タイヤトラブルでペースダウン。最後は6位に終わったものの、今回も最後まで全力投球のレースを見せた。
 今回は、本当につらかった。31周のレース。そのうちの3分の2は、滑りまくるタイヤとの格闘だった。ゴールしてから自分のタイヤを見てビックリした。真ん中あたりが1.5cmくらいの幅で1周にわたってほとんどちぎれていた。サイドの部分もボロボロで、完全に壊れていたって感じだった。

 こんなんでよく走っていたなって言われたけど、自分でもそう思う。コーナーの進入から立ち上がりまで滑りっぱなし。抜いて、また抜き返されることになった原田さんに、「阿部、あれはドリフトじゃなくてスピンっていうんだよ」と言われてしまった。そんな状態だったので、自分のレースができたのはスタートから10周目ぐらいまで。あとは我慢我慢のレースだった。

 今回もスタートは悪くはなかった。でも、ポールリカールの1コーナーは1速まで落とすコーナーなので大混雑になる。ハードブレーキングでみんないいポジションを取ろうとするから危ない危ない。そんな危険な状態だったけれど、今回は大きな接触もなくみんな無事に通過する。僕は3列目10番手グリッドから1周目は6番手。ビアツジ、ジュニア、コシンスキー、原田さん、クリヴィーレ、そして僕という順。後ろに岡田さんがいた。

 そしてやっとペースがつかめたかなって思い始めた3周目に、トップのビアッジが転んだ。この時には自分はもう完全に落ち着いていたし、だんだん自分の走りになっていた。ペースも1分22秒台に入っていて、5周目に原田さんを抜くことができた。前には3番手を走るコシンスキー。だんだんペースも上がって、コシンスキーにどんどん追いついていくことができた。

 でも、今回のレースは、何度も言うけどここまで。10周を過ぎたころにリアタイヤが滑り始めてペースも23秒台にガクンと落ちる。コシンスキーとの差がまた広がり始めただけではなく、原田さんに抜かれ、終盤にはチェカとジベルノーにも抜かれてしまうという、悔しいレースだった。

 原田さんとは、今年になって初めてバトルしたけど、後ろから見ていてさすがにうまいなって思った。タイヤを滑らせないように、本当にスムーズに走っていた。それに比べて僕はズルズル……。だから結果は残念だったけど、レースの内容は手ごたえあるものだったし、自分でも納得のいくものだった。

 今年はレースを終えるごとに、自分でも確実に成長しているなって思うことがある。それは予選の走りで、今回も最悪の3列目だったけれど、内容は悪くはなかった。ほとんどの選手が、予選ではだれかの後ろについて一発のタイムで上位につけようとする。ストレートの長いポールリカールは特にそういう傾向がある。そうすればタイムが出ることは分かっているけど、そのためにわざわざコース上でだれかを待ったりするのが嫌いなんだ。だって、それで集中力が切れてしまうことになるし、ミック(ドゥーハン)のようにいつも単独で走ってPPを取ったりフロントローに並べなければ意味もない。確かに予選の順位は気にはなるけど、予選でしっかり走ることが、決勝で生きてくると思うからなんだ。

 今週はテストもなくて、バルセロナ郊外のシーチャスのわが家でトレーニングをして、少しノンビリしようかと思っている。今年から僕の專属になった生田目トレーナーのメニューで1日1〜2時間くらい。どんなトレーニングをしているかは秘密。でも、成果は確実に上がっている。

 来週イタリアGPが行われるムジェロは僕の苦手なサーキットのひとつだけど、今年は表彰台を狙える態勢は整っているし、どんな戦いになるか自分でも楽しみ。ムジェロはアプリリアの地元ということで今度も原田さんがいい走りをするはず。それだけに、500cc1年目の原田さんには負けられないと気合が入っているんだ。

■1999年5月26日掲載