第4戦イタリアGP編
気迫はあれども、ヤマハのマシンはホンダに追い付かず……。今年もムジェロで苦悩のノリック(カメラ=竹内秀信)
気迫はあれども、ヤマハのマシンはホンダに追い付かず……。今年もムジェロで苦悩のノリック(カメラ=竹内秀信)
 今季3回目の予選7番手。“トリプル7”のラッキーナンバーから今季初表彰台を狙った阿部典史だったが、決勝ではスペインGPと同じ6位。予選の走りの内容が良かっただけに、決勝内容にはがっくり。毎年、鬼門となっているムジェロで、今年も超〜落ち込んでしまった。
 だめでした。今回は予選からいい走りができていたし、絶対に優勝争いに加われると思っていたのに、セカンドグループで4位争い。序盤はいいスタートが切れて、ビアッジ、ドゥーハン、クリヴィーレの後ろにつけることができたのに、その3人からどんどん遅れていくのがたまらなく悔しかった。

 原因は、僕の前を走っていたクリヴィーレが前の2人から少しずつ遅れてきて、これはまずいなって思うようになった5周目か6周目に、リアが超スライドしたこと。たぶん、遅れてはいけないと思って、ペースを上げようとしたんだと思うけれど、そのビッグスライドがあってから、もう、リアタイヤがどこでも滑りっぱなしで、全然ペースが上げられなくなってしまったんだ。

 それからはチェカとコシンスキーと4位争いになった。ペースはそんなに速くはなかった。でも、コーナーの進入も、立ち上がりも、行きたいのに行けないという状態。抜いたり抜かれたりしているうちに、後ろのグループにも追いつかれてしまったんだ。

 それにしても、後ろにクラファーがいるとは思わなかった。いつもサインボードには、後ろの選手とのタイム差と名前が出る。それが今回は出なくて、プラスの数字しか出てこない。何でだろうってずっと思っていたんだけど、それがクラファーだったんだ。

 クラファーの名前なんてチームは用意していなかった。そんな相手と同じようなところを走っていたことに自分でもガッカリした。というよりも、チームのみんなをがっかりさせてしまったなあって思ったんだ。

 今回のレースはつらかった。スペインGPは初めからタイヤがグリップしなかったが、全力を尽くしたって感じがあった。でも、今回は序盤の調子がよかったのに、最後は転ばないように走るのが精いっぱい。何だか不完全燃焼に終わったなって気がしてしまった。

 だから、レースが終わって、「月曜日にテストができるけど、どうする?」ってチームのスタッフに言われた時に、迷わず走りたいって言った。すると、レイニーさんは走らなくてもいいって言う。でも、どうしてもやりたいことがあるんだって、レイニーさんの反対を押し切って走ることにしたんだ。

 そんなこともあって、どうしてもいいタイムを出さないといけないというプレッシャーがあったし、最初から飛ばしていこうと思っていた。ところが、よ〜しこれからだって思った4周目に右のコーナーで強烈なハイサイド。タイヤの滑る音がキュキュキュキューって聞こえてきて、あっという間に転んでしまったんだ。

 今年になって、初めて自分のミスで転んでしまった。どうしても自分が走りたいって言ったことだったし、それがテストもできないうちに大転倒。だから、チームのみんなに申し訳ないなって、またまた超〜落ち込んでしまった。それに転んだ時に頭を強く打って、しばらくズキズキしていたし、もう、最低を通り越して、悲しい気分になってしまった。

 これで4戦が終わってしまった。今年は全戦表彰台に立つレースをやるって言ってきたのに、それがまだ一度も果たせていない。毎年、ムジェロはだめなサーキットで最低の気持ちになってしまうけど、レースでダメ、テストで転倒。もう言葉がないほど落ち込んでしまった。

 テストを中止して、月曜日の午後にバルセロナに帰ることにした。レイニーさんが、「次のフランスGPは気分転換しろ。バルセロナから車でポールリカールに行け」って言ってくれたけど……。でも、何とかしなくちゃいけない。このままじゃマズイって気持ちで頭の中はいっぱい。気分転換を考える余裕なんてない。フランスGPで絶対にいい結果を残す。それだけが、僕の頭の中でこだましているんだ。

■1998年5月20日掲載