第5戦フランスGP編
走りの内容に手応えを感じたノリック=写真はドイツGPのもの
走りの内容に手応えを感じたノリック=写真はドイツGPのもの
 ヨーロッパラウンドに入ってから、トップグループに絡めないレースを演じていた阿部典史。前戦イタリアGPでは精神的にどん底を味わったが、フランスGPでは再び序盤の勢いを取り戻すことに成功した。決勝では勢いのあるホンダ勢の前にジリジリと離されて7位に終わったが、走りの内容には手ごたえを感じたようだ。
 レースが終わった時は、やっぱり悔しくてたまらなかった。7位という結果だけではなくて、半年ぶりに復活してきたチームメートのルカ(カダローラ)にも競り負けてしまった。う〜ん、だめだったって感じだったけれど、時間が過ぎて見れば、感じ良く走れていたし、納得できるレースだったかもしれないなって思えるようになった。

 スタートはまずまずだった。でも、ポールリカールのギアの設定は、得意のロケットスタートに向いてなかった。1速と2速のギアの設定が離れているうえに1コーナーまでの距離があるから、3列目(9番グリッド)からのスタートでは前に出ることはできなかった。

 それでも何とかトップグループに交じわることができた。クリヴィーレとドゥーハンとチェカ、その後ろにビアッジとコシンスキーがいてバロスと続いた。ここまでがホンダ勢で、ヤマハは僕とルカ、スズキの宣篤さんの8台がトップグループを形成して、中盤まではダンゴ状態となった。

 とにかく激しいレースで、こんなに当たりまくったレースもなかったように思う。僕はルカと2回、バロスと2回ぶつかった。他の選手も、コーナーごとにガチャガチャぶつかっているって感じのレースで、みんな強引だった。

 一番、すごかったのは、1コーナーと2コーナーの短いストレートで、バロスがイン側からぶつけてきた時。さすがにバロスも手を挙げて謝ってきたけど、僕はフザケンナって感じで頭を振ってやった。そうしたら次のミストラルの直線でバロスが、僕にぶつけるように幅寄せして抜いて行ったんだけど、さすがにあの時はアクセルを戻さないといけないほどビビッた。

 この野郎って感じでまた抜き返してやったけど、バロスはルカとも激しくやりあっていて、それで全体的にタイムが落ちて、トップのホンダ勢5台に置いていかれてしまうことになったんだ。それにしてもアイツの危なさには、ルカもほとほと参っていた。

 終盤はバロスがリタイアして、ルカと宣篤さんとの戦いになった。バロスのおかげで一度はルカと宣篤さんに3秒も離されてしまった、やっと追い付いて前に出ても、抜いても抜いても前に出てくるルカのコーナーの走りにイライラさせられた。とにかく、何度抜いても直線でルカにすぐに抜き返されるという繰り返しで、フラストレーションがたまった。

 原因は6速でエンジンがミスファイヤーしてしまうこと。ポールリカールは24時間の耐久レースをやっていて、コースサイドの縁石などに螢光塗料を使っていて、その中に含まれているガラス成分がプラグに付着したのがトラブルの原因らしい。最後の方は6速に入れると2気筒になったような感じだった。ルカも同じようなトラブルが出ていたけど、僕のが一番ひどかったみたい。確かにルカは相変わらず速いなって関心させられたが、抜かれたのはストレートだけだったし、レースで負けたけれど、走りの内容では負けてなかったと思っている。でも、ルカの参加は本当にヤル気になった。

 今回も、結果だけ見れば、残念で悔しいレースだった。でも、ヨーロッパに来てから、日本GPやマレーシアGPと同じような感じで走れたのは今回が初めてだった。ポールリカールの月曜日のヤマハテストでは、ルカを抑えて僕がトップタイムを出しているし、次があるさって感じになった。

 それに、今回のレースでは、選手紹介の時に僕の名前が呼ばれると結構スタンドが沸いた。僕の前に紹介された宣篤さんと、後のケニー・ジュニアの時は全然なかったし、ヨーロッパでも結構人気あるんだなってうれしかった。次のマドリードGP(14日決勝)では、絶対に表彰台に立ってみんなの期待にこたえようと思ったんだ。

■1998年6月3日掲載