第8戦イギリスGP編
ドニントンの大看板の原画をサーキットから贈られて笑顔のノリック(カメラ=竹内秀信)
ドニントンの大看板の原画をサーキットから贈られて笑顔のノリック(カメラ=竹内秀信)
 シーズン中盤を迎えて上り調子の阿部典史が、2戦ぶりに表彰台(3位)に立ち、リタイアした前回オランダGPの雪辱を果たした。優勝したのはヤマハYZR500に乗るS・クラファーで、2位にM・ドゥーハン。ノリックは自分でホンダの連勝記録をストップできなかったことに悔しさを見せたが、今季の初優勝が確実に射程圏に入ったことを予感させた。ヤマハのエースとしてますます意気込むノリックだ。
 今回は予選から調子が良くて、決勝でも絶対にいい走りができると思っていたのに、それをキープできなくて残念だった。その原因は、難しいコンディションにあった。曇っているのに、時々、日が差す。気温も路面温度もコロコロ変わって、タイヤの選択が難しかったからなんだ。

 ドゥーハンは硬いコンパウンドを選んだけれど、僕はそれよりワンランクソフトのタイヤでセッティングを詰めていたし、決勝でそのタイヤを使うことはできなかった。どの程度グリップするのか分からなかったし、決勝だけコンパウンドの違うタイヤを使うのは冒険だった。それを予選でテストできなかった自分が悪かった。結果として、ドゥーハンに約6秒も離されてしまったんだ。

 予選4番手からのスタートはバッチリ決まって4周目まではトップを走った。でも3周目ぐらいからリアタイヤのグリップが落ちてペースを上げられなかった。ドゥーハンと同じタイヤを選択していればと思ったけれど、それを決断するだけの材料を用意できなかった自分は、まだまだ実力不足かなって痛感させられてしまった。

 それ以上に、優勝したのがクラファーだったということが、僕にとってはつらかった。だから、3位になれたのはうれしいけど、優勝できなかったのはそれ以上に悔しかった。すごく喜んでいるヤマハのスタッフを見て、余計にそんな気分になってしまった。僕が96年の日本GPで初優勝した時、ヤマハの人たちが超〜喜んでくれたので、クラファーの喜びも手に取るように伝わってきた。だからテレビのインタビューでも記者会見でも、彼におめでとうって真っ先に言ってあげたかったし、素直にそうすることができて良かったと思っている。

 そして、これだけは言っておきたいなって思った。周りの人たちは、僕を慰めようとして、「ドニントンはダンロップタイヤが合っているんだから仕方がない」って言ってくれたけど、あまりタイヤのせいにはしたくないって気持ちだった。だって、95年にダンロップからミシュランに替えたいって言ったのは自分だったし、同じミシュランを使っているドゥーハンに6秒も離されている。ドニントンのクラファーは速かった。僕は素直に負けは負けと認めたいと思ったんだ。

 だから、ヤマハの次の勝利は、絶対に自分が挙げてやるって気合が入った。前回のオランダからチームは僕だけの1台体制だった。96年まで僕のチーフを担当していたマイク・シンクレアと、去年から一緒にやっているマイク・ウェーブの“Wマイク”をはじめとするメカニック全員が、僕のために一生懸命にやってくれた。そして勝てなかったけれど、表彰台に立ってみんなはすごく喜んでくれた。だから今度は、ヤマハとチームのスタッフをもっともっと喜ばせてあげたいと思ったんだ。

 と、自分でも言うのも変だけれど、言っていることが何だかすごく大人だなって思ってしまう。それだけ余裕が出てきたのかもしれない。去年までは予選で成績がいいと緊張して夜も眠れなかった。それが今年になって眠れるようになって来たし、レースとレースの合間も、すごくリラックスできるようになって来ている。釣り道具を買って、僕が住んでいるバルセロナ郊外のシーチャスの岸壁で魚釣りをしてみたり、庭の手入れをしたり花畑を作ったりして気分転換している。スプリンクラーとタイマーを買って来て、レースで家を空けている間も自動的に水をあげるようにしている。そのおかげで、イギリスから帰って来たら庭の芝生があまりにも青々としていてビックリしてしまった。

 隣の芝生は青く見えると言うけれど、今は自分の庭の芝生が一番青く見える。調子もいい、ツキもある。あとは優勝するだけって感じ。今年は全戦で表彰台に立てるような走りをしたいってのが開幕前の目標だったし、ひとつでも多く勝ちたいって言ってきた。その目標に向けてやっとスタートラインに立てたような気がする。次のドイツGPも、本当にいいレースにしたい。クラファーにつけられた17秒という差を肝に銘じて、次回も全力を出し切ろうと思っているんだ。

■1998年7月8日掲載