第14戦アルゼンチンGP編
レイニー監督とともに歩んだノリック。別れは笑顔で(カメラ=竹内秀信)
レイニー監督とともに歩んだノリック。別れは笑顔で(カメラ=竹内秀信)
 W・レイニー監督が今季限りで勇退するため、グランプリ最後のレースを戦った「ヤマハ・チーム・レイニー」。同監督に見いだされてGPデビューを飾った阿部典史は、優勝をプレゼントしたいと開幕前から気合満点だった。予選では今季最低の17位。絶望的な気分で決勝を迎えることになったが、決勝では見違える走りで4位でフィニッシュ。念願の優勝をプレゼントすることはできなかったが、ノリックにとっては、思いで深いレースとなった。
 予選が終わった時、自分の順位にビックリした。おそらくグランプリにデビューしてから、自己ワースト記録。全然ダメだった去年でもこんなに悪いことはなかったんじゃないかと、予選を終えた時には、ホント、超〜落ち込んだ。

 走っている感じはそんなに悪くはなかった。ここがだめ、あのコーナーがうまく走れないというのがなかったし、余計にがっかりした。まあ、せめてもの慰めは、そんなにタイム差がなかったこと。トップのドゥーハンから約1・9秒遅れだったし、何かの拍子でタイムが上がるんじゃないかと思ったからだ。

 コンピューターでデーターを徹底的に調べてもらった。その結果分かったことは、とにかく全体的に遅いということ。それなら思い切って、セッティングを変えてみようということで意見は一致した。それに、自分ではワースト記録だと思っていた17位が、実は去年のシーズンに3回もあったということが分かった。なんだ、去年だって17位があったんじゃないかって、他人に言われたら笑われてしまうようなヘンテコな理由で、自分を慰めることができたんだ。

 そして決勝日を迎えた。朝のウオームアップでセッティングを変えたらタイムが上がった。これならと自信がわいたし、決勝では、思っていた以上にいい走りができた。

 確かに、トップグループからは離されてしまったけれど、ビアッジとラコーニ、バイルにチェカ、ジベルノーで争ったセカンドグループを制することができた。集団を抜け出すまでなかなかタイムを上げられなかったけど、集団の前に出てからは、トップ集団と同じ1分44秒台を連発した。17位というポジションを考えると、まずまずのレースだったんじゃないかと思った。

 今回は、チーム・レイニーの最後のレースだった。予選前日にはレイニーさんの「さよならパーティー」が行われた。今まではそんなこと感じたこともなかったけれど、これが最後なんだと思うと、やっぱり寂しい気持ちだった。だから、レイニーさんと一緒に写真を撮ったり、いっぱい話をした。

 そして感じたのは、94年に初めて会った時のレイニーさんに久しぶりに会えたということだった。チームの監督として接しているレイニーさんはやっぱり厳しかったし、求めてくる結果も厳しかった。何度も意見がぶつかったし、けんかみたいになったこともある。それが今回は、最後だということで違ったレイニーさんに会えたような気がした。

 そして何度も何度も繰り返し言ってくれたのは、「オレはお前の才能を信じているし、絶対にチャンピオンになれる。なのに、その才能と実力をお前はちっとも出せていない。それが悔しくてオレはいつもお前に怒ってきたんだ」ということだった。また、「これが最後のレースになってしまったけれど、ずっとお前のことを見ている。アドバイスもする」って、言ってくれたのはうれしかった。

 それにしても、今回はいろいろなことが起こった。125CCでは眞子さんがすごいレースをしたし、250CCでは原田さんがカピロッシにぶつけられてチャンピオンを失った。自分のレースが迫っているっていうのに、すごく悔しかったし、サイテーのレースをしたカピロッシに怒りがこみ上げてきた。なんて汚いレースをするんだってね。レイニーさんも、チーム・レイニーのスタッフも全員、カピロッシに怒っていた。

 だれだってチャンピオンになりたい。だからって何をしてもいいってわけじゃない。みんなに祝福されないチャンピオンなんて、そんなのチャンピオンじゃないよって思ったんだ。それに比べてレイニーさんは、選手としても監督としても、みんなに祝福されてサーキットを去っていく。こんな素晴らしいチャンピオンのチームで走れた経験は、自分にとってかけがえのないものだ。僕もレイニーさんのようなチャンピオンを目指して、明日からまた頑張ろうと思ったんだ。

■1998年10月28日掲載