年末スペシャル編98エピローグ
ノリックは、MFJ表彰式で優秀賞を受賞。全日本250チャンピオンの中野真矢(左)とともにヤマハの飯尾俊光モーターサイクル事業本部第一プロジェクト開発室長(中)に今季の健闘をたたえられた=12日東京・江東区で(カメラ=遠藤智)
ノリックは、MFJ表彰式で優秀賞を受賞。全日本250チャンピオンの中野真矢(左)とともにヤマハの飯尾俊光モーターサイクル事業本部第一プロジェクト開発室長(中)に今季の健闘をたたえられた=12日東京・江東区で(カメラ=遠藤智)
 阿部典史の99年の体制が正式に決まった。来季はスペインのマドリードに本拠を置くサテライトの「アンテナ3・ヤマハ」から、グランプリ5年目のシーズンを戦うことになった。チーム・レイニーを離脱して新チーム移籍。激動のオフをノリックが報告する。
 来季の体制が決まった。12月中旬に正式にヤマハと契約を交わし、来季はスペインの「アンテナ3」というチームで、これまで通りヤマハYZR500で出場することになった。

 シーズンの終盤戦はこうなることは大体伝えられていたし、シーズンが終わってほぼ予定通りの体制に決まった。その間には、いろいろとうわさ話が書かれてたけれど、何を書かれても気にはならなかった。

 確かに、ヤマハのエースチームを離れることになったことで最初は動揺した。でも、ヤマハのエースチームで走ることになるM・ビアッジとC・チェカは、ホンダで実績を残してきた選手だし、同じヤマハに乗るということで自分との差も分かりやすい。今までは、成績を残さなければいけないというプレッシャーがいつもあった。そういうプレッシャーはどのチームで走っても同じだけど、来年は自分の走りに専念できるかなって思うようになったんだ。

 「アンテナ3・ヤマハ」の本拠地は、マドリードのハラマサーキットの中にある。チームオーナーは今年まで250CCクラスに出場していたルイス・ダンティーンという選手で、引退してチームオーナーに専念することになった。とはいっても、電話で話した程度で、まだちゃんと話したことはないんだけどね。

 住む場所も、今年はバルセロナの郊外のシーチャスという町に住んでいたけれど、来年はスペインの他の場所に移るかもしれない。そんな状況で、本格的にチームが動き出すのは、年明けになりそう。スタッフも、チーム・レイニー時代に一緒にやっていた日本人メカニックの人が一緒に移ってくれることになったけれど、ほとんどが初めて一緒に仕事する人ばかり。何もかもが新しい。それだけにみんなのやる気を感じるし、僕だけじゃなくて、チーム全体がチャレンジジャーとして、いいムードでレースができるような気がしている。

 とにかく今年は、シーズン前に掲げた「全戦で表彰台、ひとつでも多くの優勝を」という目標を果たせなくて残念だったけれど、悔いの残るレースはひとつもなかったし、自分は全力を尽くしたと思っている。印象に残っているのは? ってよく聞かれるけれど、正直言って全部のレース。その中で強いてひとつだけ挙げれば、やっぱり開幕戦の日本GPかなって思う。

 シーズン前のテストですごく調子が良くて、自分でも乗れているなって思った。ところがビアッジにあっさりと逃げられてしまう。それで2位争いになるんだけど、今度は岡田(忠之)さんと接触し、A・クリヴィーレに押し出される格好になって……。ツキがなかったといえばそれまでだけど、もし、あのレースで表彰台に立っていたら、どんなシーズンになっていたかなって思うこともあった。

 今年の9月で僕は23歳になった。22歳まではすんなり自分の年齢を言えたけど、今は何だか言いづらくなっていた。若くないな〜っというか、そういう年齢になったのかなって思ったんだ。

 それにしても、今年はシーズンの最後にうれしいニュースが飛び込んで来た。来年、500CCに参加する原田(哲也)さんの契約金が4億円! 日本人もこんなに稼げるようになったんだって、ホントうれしかった。お金だけが目標でレースをやっているわけじゃないけれど、あの4億円のニュースは、レースをやっている人、目指す人の励みになったし、目標にもなると思う。

 というこで、来年も全開で頑張ります。1年間「NO LIMIT」へのご声援、本当にありがとうございました。そして、来年もよろしくお願いします。

■1998年12月24日掲載