第6戦イタリアGP編
現役のオートレーサーでもある父・光雄さん(左)と入念に打ち合わせするノリック(カメラ=GP Photos)
現役のオートレーサーでもある父・光雄さん(左)と入念に打ち合わせするノリック(カメラ=GP Photos)
 フランスGPで優勝争いを演じて2位になった阿部典史。その勢いを苦手とするサーキットのひとつ、イタリアGPのムジェロにつなげようとしたが、予選は予想外の14番手。決勝でも絶好のスタートを切りながら、ついに優勝争いに加わることはできなかった。しかし、トップグループの波乱もあって終わってみれば5位。ランキングでも5位から3位に浮上した。我慢の走りでチャンピオン争いに残ったノリックの奮闘を直撃――。(聞き手=遠藤智)
 ――お疲れ。

 ノリック「いや〜、ほんとに疲れました。でも、レースが終わった後の気分としては、前回のフランスよりは今回の方が楽でしたね。ル・マンの後はほんとにぐったりしたから」

 ――フランスは勝ちを逃がしたレース。今回はもうどうしようもなかったって感じのレースだったからなの?

 「そうですね。今回は予選が全然だめ。去年のベストタイムも出せなかったし、ポジションも去年は5位だったけど、今年は14位と最悪。予選が終わった時は、正直、これは厳しいと思いましたね」

 ――今回は何だかノリックにだまされたような気分だったな。だって、初日のフリー走行で7番手。あの時、「ええ、今回は調子いいですよ」な〜んて言ってたじゃん。ほんで「ノリック苦手意識克服」な〜んて記事をオレは書いた。でも、1回目の予選で12位だったときに、ぬぬっ! て思い始めたけどね。

 「今回、最初はル・マンのセッティングのまま走り始めたんですね。確かに最初はいいなと思った。だから、えんど〜さんにウソは言ってない(笑)。でも、タイムを上げようと思っても、これがなかなか上がらない。シケインっていうか、S字というか、ムジェロの切り返すコーナーでうまく走れなかった」

 ――それって、ほとんどのコーナーでってことなんじゃないの?

 「んんん、まあ、そういうことになりますね。で、その対策をいろいろ考えた。でも、結局2日目は14位にさらにダウンして、決勝は思い切って去年のセッティングに戻すことになったんですよ」

 ――それで決勝は、いつものロケットスタートが決まって4番手。最初はいいペースで走っていたのに、じりじり……。

 「そうなんですよね。最初は頑張ってついていったけど、かなり無理していた。というのも、本番になってガラリとセッティングを変えたから、乗り方まで変えないといけなかった。だから、中盤まではギクシャクしてしまった。終盤になってやっとリズムがつかめるようになったんですよ」

 ――日本でテレビを見ていた人は、きっと、今回のノリックのレースは、あまり分からなかったと思うけど、最後はノブ(青木宣篤)とケニー(ロバーツ)とすごい接戦してたね。

 「もう、すごかった。最終ラップにストレートで宣篤さんに並びかけたけど、追い風だったのでちょっと慎重になってしまった。その間にまた前に行かれて、最終コーナーではケニーに抜かれた。こんちくしょ〜って、また抜き返した。最後は3台が結構きわどい間隔でゴールしたけど、ほんと、激しかったですよ」

 ――で、ロッシやビアッジの転倒もあって、最後は5位。

 「そう、5位でフィニッシュ。思い返せぱ、初日の予選でル・マンの仕様の限界が見えたときに、すぐに去年の状態に戻せばよかった。でも去年そのセッティングで僕、転んでるじゃないですか。それがあって、決勝の直前まで、踏ん切りがつかなかった」

 ――今まで、ムジェロではいいこと何もなかったしな。ビビる気持ち分かるよ。でも、今回はオッケイ。褒めてあげよう(笑)。なんたって、あの状況で転ばないでゴールしたのはえらい。

 「っていうか、転ぶとこまで攻め切れなかった(笑)」

 ――それが我慢のレースって言うんだよ。で、ほらランキングだって、5位から3位に上がったじゃん。

 「そうですね。でも、ポイントなんて気にしてない。確かにトップのケニーとチェカと35点差。遠くないけど、いまは気にしないで走ります!」

 ――気にして走ろうよ。お願いだから。

 「いや、気にしません(笑)」

 ――ところで、これから次の力タロニアまでの間、台湾に行くんだって?

 「そうなんですよ。CMの撮影で……」

 ――大変だ。

 「ええ、大変です」

 ――(その2日後。イタリア〜台湾)もしもし、台湾に着いたかい?

 「ああ、えんど〜さん、大変ですよ。いま、台北の空港に着いたんですけどね、すごい人。出迎えの取材陣がすごくて、これから記者会見なんだって。それじゃ、電話切りますね〜〜」

■2000年5月31日掲載