第8戦オランダGP編
後に続くロッシとともにタイヤチョイスに失敗してズルズル後退(カメラ=GP Photos)
後に続くロッシとともにタイヤチョイスに失敗してズルズル後退(カメラ=GP Photos)
 雨が降ったりやんだりの3日間。“ダッチウェザー”に悩まされ続けた第8戦オランダGPは、決勝で波乱のピークを迎えた。雨による中断で2ヒート制になり、タイヤの選択で勝ち組と負け組にはっきりと分かれることになった。予選15番手、決勝10位に終わった阿部典史は完全に負け組のひとり。レースを終えて、やり場のない怒りに体を震わせた。
 ――今回のレースは、なんて言っていいのやら、だけど、まずは全体の感想を聞きたいな。

 ノリック「今回は、ほんと、なんて言っていいのやら、ですね。最初のレースは、最悪の4列目からいいスタートが切れて、すぐに5番手前後に上がれた。でも4周目に雨で中断して再スタートになった。で、第2レースは2列目5番手グリッド。でもスタートに失敗して途中からはコースがどんどん乾いて、それでおしまいって感じだった」

 ――その辺のことを聞きたいんだけど、第2レースはなんでスタートに失敗したの?

 「ダミーグリッドからのウオームアップで、ホイールスピンさせて失敗してしまった。それで本番はちょっと慎重になりすぎて、エンジンの回転を落とし過ぎてしまった。1コーナーではほとんどビリ。ぬれた路面のスタートはやっぱり難しいなって痛感しましたね」

 ――でも、そのあとはすごい追い上げ。あっという間に4、5番手まで上がってきたよね。あの時は、第1レースとの総合タイムで3番手につけていたし、これはいけるかも……と思ったんだけどな。

 「そうですね。でも、最初はぬれているところと乾いているところが半々ぐらいで、その時点では逃げるジベルノーとラコー二が見えるポジションで走ることができた。でも乾いてきたら、バロスにチェカと、みんなにあっという間に抜かれてしまった。前を走っているのは、ほとんどスリックを選んだ組。僕のペースは変わってなかったけど、周りが速くなっていったんですよね」

 ――第1レースのスタートが良かっただけに悔しいね。

 「っていうか、第1レースのスタートは確かに良かったけど、もしあのまま雨が降らなくても、きっとズルズルと落ちてしまったと思う。だから、雨で赤旗中断になってシメタと思った。タイヤの選択とリアのサスペンションのセッティングの方向がはっきりと見えたし、よ〜し、と思った。でも、また雨が降りそうだったし、ウエットレースも宣言されて、タイヤの選択に迫られたんですよね」

 ――みんなバラバラの選択だったよね。で、結果は、フロントにカットスリック、リアにスリックを選んだバロス、クリヴィーレ、カピロッシが表彰台に立って、前後スリックのビアッジとチェカが続いた。ノリックを含めた前後カットスリック組はズルズルと。

 「そうですね。ズルズルと落ちちゃった。しかも僕はサスがレインセッティングだったし、乾いてからはもう全然乗れなかった。同じカットスリックを選んだ組でも、ドライセッティング組はまだ良かったみたいだけど……」

 ――ゴールしてからあんなに悔しそうなノリックは見たことがなかったなあ。みんな遠巻きにして見てるだけ。だれも声を掛けられない雰囲気だったぞ。

 「あああ、またタイヤで失敗したなって、ただもうそれだけ。もう、なんて言っていいのやら、でしたね」

 ――そのタイヤの選択を最後に決めたのはだれ? もしかしてノリック? なんだ、自分で決めたんだったら仕方がないじゃん。あの時点で何がベストかなんてだれにもわかんないんだし、ロッシなんて、レースが終わって、「オレの選択は間違ってなかった。だって、フィニッシュしてから2分後に雨が降ったぞ」って笑わせてたぞ。

 「なに言ってんだか……。それを外したっていうんですよ」(聞き手=遠藤智)

 ――(それから2日後)ノリック、いまどこ?

 「チェコです。明日(27日)からブルノでテストなんですよ」

 ――あ、そう。でもなんであんなに早く帰ったの? 話もちゃんと聞いていないうちにサーキットからいなくなってしまうし。

 「チェコでテストがあったし、それでアムステルダムに移動したんですよ」

 ――んんん、そうかい? 決勝日の夜はモーターホームに泊まるっていってなかったっけ?

 「えんど〜さんも、しつこいなあ。そうですよ。本当は、一時もパドックにはいたくなかった。サーキットから離れたかったんですよ」

 ――まあ、それだけ悔しかったってことだね。分かる分かる。じゃ、テスト頑張ってね。

 「はい。ああ、えんど〜さん、難波(恭司)さんが来てるよ、難波さんが」

 ――ということは、今回はヤマハの極秘テストなんだな?

 「難波さ〜〜ん、こんにちは。ほんじゃ、電話切りますね」

■2000年6月28日掲載