第7戦オランダGP編
左ひざの人工皮膚移植を終え退院した阿部典史。イギリスGP出場への意欲を語った(カメラ=遠藤智)
左ひざの人工皮膚移植を終え退院した阿部典史。イギリスGP出場への意欲を語った(カメラ=遠藤智)
 第7戦オランダGP決勝はノリックにとって最悪の一日だった。予選は不発だったが、万全の態勢を敷いての本番。3周目にC・チェカが転倒、巻き添えを食って激しくコース上にたたきつけられた。その転倒の影響は大きく、左ひざと左肩を負傷して、第8戦イギリスGPの出場も危うくなった。悪夢の瞬間と悔しさ、次戦への厳しい状況がノリックの胸で暴れる。
 全くついてない。何てこったの一日になってしまった。まさかこんなことになるとは思いもしなかったし、それが自分のせいじゃないから、よけいに腹が立った。おまけに痛いし、悔しいし。

 アッセンの転倒は本当に自分でも何が起きたのか分からなかった。あとで、チェカが転んで、そのバイクが僕にぶつかったということを知ったけど、リアをすくわれる形で、ハイサイドのようにバイクから放り出されてしまったんだ。

 コンピューターではぶつかった時のスピードは160kmくらい。スピードは大したことなかったし、普通なら何でもない転倒だったのかも。ところが、放り出されて左のひざと肩から路面にたたきつけられた。レーシングスーツがぱっくりと破れて生身のひざをアスファルトにゴリゴリこすってしまったんだ。

 だから痛いの何の。その痛みで足がどうなっているのかまるで分からなかったし動かすこともできなかった。救急車に乗せられてから初めて自分の足を見たけど、とにかく血だらけ。ぐちゃぐちゃになっていて自分でもびっくりした。

 医務室に入ると先生たちがすぐに手術の用意を始めた。骨が見えていたし肉がごっそりとえぐれていて、うわ〜、どうなるんだと思った。救いだったのはレントゲンでは骨が折れていなかったこと。痛いけど次のドニントンは走れるかと思ったりしていた。

 その日は痛み止めの注射をバンバン打たれて、何だかぼ〜っとしながら夜を過ごしたけど、翌日バルセロナに戻って、いつもお世話になっている先生に診てもらおうと決めたんだ。

 病院はバルセロナの市内にあり先生の名前はヴィラルビア。クリヴィーレも診てもらっているスペインでは超有名な先生で、ドニントンで走りたい、ということを伝え、手術をしてもらうことになったんだ。

 でも診察の結果、ひざの骨が欠けていた。手術をするとドニントンだけでなく、ドイツも出場できるか分からないというので、応急処置にしてもらった。えぐれた肉もほかから移植するとドニントンを走れなくなるというので人工皮膚で処置をしてもらった。

手術は全身麻酔。いつも手術するときは絶対に麻酔にはかからないぞ〜と気合(自分でもばかだなと思う)を入れるんだけど、気が付いたら手術が終わっていた(笑)。

 翌日退院。先生にはとりあえず走れる状態だと言われ、ひざを曲げるリハビリをしたけど、血は出てくるし痛いしで、どうなるんだろって感じ。

 といっても、何とかなるなら出たいと思うし、木曜日のフライトでイギリスに向かう。そして金曜日の予選を走ってみて、出場するかどうかを決めたいと思っているんだ。

 それにしても、限界を知らないやつらのむちゃくちゃぶりには腹が立つ。グランプリに来て、これでもらい事故は3回目だけど、何で自分の限界が分からないんだろうと、いつも思う。レースが終わってから、チェカは「悪かった」と謝ってくれたけど……。本当に悔しい。イギリスは僕にとってちょうど100戦目。でも、そういう記録より、ドニントンは何回も表彰台に立っている得意にしているサーキットだし、何としてもグリッドに並びたい。いまはそれだけを考えている。

■2001年7月6日掲載