第12戦バレンシアGP編
左手小指と薬指の手術跡も生々しいノリック。完走は果たしたが、厳しい戦いとなった(カメラ=遠藤智)
左手小指と薬指の手術跡も生々しいノリック。完走は果たしたが、厳しい戦いとなった(カメラ=遠藤智)
 ヨーロッパラウンド最後のレースとなった第12戦バレンシアGPはノリックにとって厳しい試練となった。前戦ポルトガルで大転倒し左手指を骨折。ハンディキャップを背負った戦いで、予選では今季ワースト2の13番手。決勝はスタート直前の雨で転倒者続出の大波乱、結局不本意な8位に終わった。何とか完走したものの厳しく、険しい一戦だった。

 ウエットで始まり最後はドライ。2年前のバレンシアもそうだったけど、今年も同じようなレースだった。そして勝ったのは2年前も今年も、前後にスリックを選んだ選手。終わってみればスリックだったか、とは思うけど、あの状態ではとてもスリックは選択できなかった。ミシュランのエンジニアは前後にインターミディエイトを勧めてきたが、僕は、リアだけはスリックを選んだ。ほとんどの選手が同じ選択をしていたし、間違いではなかったと思う。

 8位に終わったのは、路面がぬれている序盤でペースを上げられなかったことが原因。氷の上を走っているような感じでどう頑張ってもグリップしなかった。ストレートでもタイヤがスピンしっぱなし。完全にお手上げ状態だった。テレビを見た人は、止まっているようなスピードだと思ったんじゃないかな。慎重に走らないとすぐに転倒しそうだった。それでも路面が乾くにつれペースを上げることができた。ところが今度は自分の左手がどんなことになっているかをあらためて痛感することになった。

 ウエットの中で必死になってバイクをコントロールしたんだと思う。左手の感覚を失っていた。それを知ったのはペースが上がり始め、最終コーナーで大きくスライドした時。自分はハンドルを握っていると思っていたのに、気が付いたらスクリーンの上に手が載っていたんだ。あれはたまたま転ばなかったというだけで、思い返すとひやっとする一瞬だった。

 それからは、とにかく慎重に、そして1台でも多く抜こうと頑張って追い付いた。前にはジャック、宇川さん、中野くんがいて、追い付いたけれど抜くことはできずに8位フィニッシュ。結果には満足していないけど、自分でもこの体でよく頑張ったなあと思った。

 バレンシアの2週間前のポルトガルで転倒し、左手の小指と薬指を骨折。中指にもヒビが入っているような痛みがあり、左足首のじん帯も切断している。そしてバルセロナで小指と薬指の欠けた骨をビスで止める手術をした。バレンシアに向かう前日にギプスを外したら握力が全くなくて、これでは走れないんじゃないかと思った。痛み止めの薬を飲みながら頑張った3日間だった。あれで雨にならなければもう少ししっかり走れたんじゃないかと思う。でも、こればっかりは仕方がない。完走できただけで、今回はよしとしようと自分に言い聞かせた。

 今回はアメリカのテロの影響でヤマハのスタッフの人たちが日本から来ることができなかった。予選でタイムが出ないのを心配して、僕の担当エンジニアの岩田さんがわざわざ電話をくれたのはすごくうれしかった。

 レースが終わり、月曜日の朝、日本に向かった。テロの影響で乗り継ぎがうまくいくか心配だったけど、何事もなく日本に帰ってくることができた。

 来週はツインリンクもてぎで第13戦パシフィックGPが行われる。体の状態は、来週になっても完ぺきには程遠いけど、とにかく全力を尽くそう、表彰台、そして優勝できるように頑張ろうと思っているんだ。

■2001年9月28日掲載