大治郎は速かった…ロッシが本気で怖がっていた
元WGP王者・原田哲也さんと対談編(1)
終始笑顔だった元WGP王者の原田さん(カメラ=石井裕之)
終始笑顔だった元WGP王者の原田さん(カメラ=石井裕之)
 今回のゲストは元ロードレース世界選手権(WGP)チャンピオンの原田哲也さん(40)。ヤマハを経て破格の契約金でアプリリア・ワークスに移籍するなど、最も成功した日本人ライダーといわれ、モナコでの生活を営む姿は今でも全ライダーのあこがれの的だ。今回は帰国中と聞いて招待したら二つ返事でOKをもらい、スペシャル対談が実現した。もともと親交のある原田さんと長野博(37)、会話は和やかに弾んだ。

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 長野博「06年の特別番組で原田さんに3時間くらいインタビューしたことを覚えています」

 原田哲也「僕も覚えてますよ。僕が忘れているようなことも聞いてくる。長野君っておたく? オレのストーカー? って思ったくらい(笑)」

 長野「資料を見ながら話をしたくなかったので、年代別に出来事を全部覚えていきました。でも心境はGPファンでしたけど(笑)」

 原田「僕も欧州では長野君の番組は録画して必ず見ていました」

 長野「ありがとうございます(笑)。原田さんは97年イタリアのアプリリアに移籍、苦労はありましたか?」

 原田「イタリア人はとにかく食事が長い。午後9時くらいから午前1時くらいまで続く。時差ボケでフラフラでも頑張って付き合ってました」

 長野「コミュニケーションが大事?」

 原田「一緒にいる時間をつくらないと信頼関係が築けない。メカニックが『オレのマンマ(母親)の食事を食べてくれ』って。イタリアGPでは月、火、水とそれぞれの家に行って食事して、木曜日からサーキット入りしていました」

 長野「アプリリアはイタリア人のM・ビアッジを放出してまで原田さんを残した。そこまでの信頼を得るのはすごい」

 原田「イタリア人のエンジニアは頑固でプライドが高い。彼らがライダーを選ぶ。エンジニアが必要な情報を与えてくれるかどうかですね。マシンをこうしてくれたら速く走るからっていっても『勝ったら直してやる』って。そこで勝って、やっと言うことを聞いてくれるようになった。言った以上は結果を出す。こちらにもプレッシャーはあります。お互いに認め合って上を目指せたことが大きいと思う」

 長野「98年はV・ロッシもL・カピロッシもまずは原田さんのセッティングでタイヤチョイスも同じにしていたそうですね。まねされる気分はどうですか?」

 原田「いい気分じゃないけど、チームとして結果が出るならそれでいいと思っていましたね。それが仕事ですから。でも最後はメカニックが隠していました(笑)」

 長野「レースではライバルですからね」

 原田「カピロッシが原田のエンジンが速いって言うから『じゃ変えよう』と交換。そうしたら交換したエンジンの方が1〜2km/hほど速くて、また変えようっていってきたときはさすがに断りました(笑)」

 長野「ペース配分や駆け引きなど、ロッシも原田さんから学んだことは大きいと思いますがどこで身につけたんですか?」

 原田「全日本で岡田(忠之)さんと走れたことが大きい。岡田さんがいなかったら僕はGPに行けなかったと思う」

 長野「岡田さんとは同着優勝するなど素晴らしい戦いが多くありますね」

 原田「30分レースして同着なら1周でいいじゃないかって思いました(笑)」

 長野「原田さんは93年デビューイヤーで世界チャンピオンに輝き、その後も人気も実力もずっとトップ。01年の大ちゃん(故加藤大治郎さん)とのバトルも素晴らしかった」

 原田「大治郎は乗り方もきれいで速かったですね。ロッシは本気で大治郎のことを怖がっていましたよ。いつも大治郎のことを気にしていた」

 長野「大ちゃんとのバトルは伝説になってます」

 原田「あの時は走る前に体重計に乗っていました。太ると『軽量化に何億かかると思っているんだぁ〜』って怒られた。クラッチも軽量化して1回もてばいいという方針だったので、赤旗で再スタートの時は焦りました。加速が欲しかったので体重は49kgくらいにしぼっていましたね。レース人生で一番やせていたかも。ダイエットは運動じゃなくて食事で、でしたけど。僕らしいでしょう(笑)」

 長野「トレーニングはあまりしない…」

 原田「普通にジムに行ったりはしていましたけど、トレーニングってほどではないですね」

 長野「それであんな走りができるのが、またすごいですね。アプリリアの500でも、99年イタリアGPでポールポジション。衝撃でした。4気筒をVツインで抑えたんですから」

 原田「あの時は最初、力を出し切って2番手タイムだった。でもチームが社長も来ているしもう1回行けって、チームがQタイヤつけていた。『無理だよ』って言ったんだけど、行かざるを得ないムードで…。そして行ったらA・クリビーレを抜いてPP。社長が抱きついてきて、スタッフもものすごく盛り上がって…。あー行って良かったなと思いました」