後半戦に向け本領発揮して欲しい博一&裕紀
坂田和人氏との対談(2)
2度目のチャンピオンを決めた時の坂田氏
2度目のチャンピオンを決めた時の坂田氏
 長野 坂田さんが世界チャンピオンを決めた94年、うれし泣きしていたのに感動しました。

 坂田 あんなにうれしいと思わなかった。でも、涙の訳は、チャンピオンになるまでの4年間のつらかったことが思い出されたから……。

 長野 体制や環境が恵まれていたわけではありませんでしたよね。初年度はイタリア語の転倒の意味と坂田さんの名前のカズトが一緒で、それで人気者になったんですよね。

 坂田 初年度は上田(昇)も速かったし、若井(伸之)も来ていたし、焦っていましたね。オレだけキット車じゃなかったという事情もあったけど、派手に転びまくっていました。WGPを戦うのは大変で、お金はないし、移動は苦労の連続で、そんな状態がずっと続いていたから。

 長野 それでもWGPは楽しかった?

 坂田 楽しかったですね。充実していまし、夢中でした。それ以外なかったし。

 長野 WGP最後の年となった99年、アプリリアからホンダへとマシンを変えたのはなぜですか?

 坂田 ホンダのライダーの方が日本のファンに会える機会が増えると思ったんです。

 長野 現在はWGPの解説もされていますが、印象に残るライダーはいますか?

 坂田 C・ストーナーはドゥカティからホンダに乗り換えてランキング・トップにいるというのはすごいことだと思いますよ。

 長野 ロッシの苦戦は予想外……。

 坂田 シーズン・オフのケガの影響が大きいと思います。完璧な状態でテストができずに出遅れたことが思いのほか大きいんじゃないかな? でもロッシは確実に前進しています。

 長野 日本人の活躍にも期待したいです。

 坂田 (青山)博一や(高橋)裕紀には後半戦に向けて、本領発揮してほしいです。

 長野 今年は藤井謙汰君(全日本GP−MONO、J−GP3参戦中)の監督と後進の指導も始められた。以前、WGPの取材に出かけた時、小山知良選手に坂田さんが的確なアドバイスして勝ったことを覚えています。坂田さんに教えてもらえるのは幸運ですね。

 坂田 そう思ってもらえるよう、厳しくやっています。まず、言葉遣いから。

 長野 坂田さんが走った方が速いって、いまだに言う人が多いですが。

 坂田 条件が合えば考えますよ(笑)。

 長野 ぜひ。

 坂田 長野君にそう言ってもらえてうれしいです。

 長野 坂田さんを超えるライダーの出現も楽しみにしつつ、坂田さんの活躍も期待しています。今日はありがとうございました。

 坂田 こちらこそ。ありがとうございました。

 ▽坂田和人(さかた・かずと)氏 1966(昭和41)年8月15日生まれ、45歳。東京都江東区出身。88年筑波選手権、89年全日本ジュニア、90年全日本125CCと3年連続で王座を獲得し、91年ホンダでWGP125CCに参戦。初年度マレーシアGPで初PPを獲得。93年スペインGPで初優勝。アプリリアに移籍した94年に3勝を挙げ王者に輝く。98年に2度目のタイトルを獲得。99年限りでWGPを引退。WGP通算126戦11勝。29PPは日本人最多記録。