今季への意気込みを語ったノリック=写真は日本GPのもの(カメラ=野間智)
今季への意気込みを語ったノリック=写真は日本GPのもの(カメラ=野間智)
「目標は最低3勝、全戦表彰台だ」

 東京中日スポーツは昨年に引き続き、ノリックこと阿部典史(21)の独占手記を掲載します。その名も「No Limit’97」。WGP(2輪世界選手権)500ccフル参戦3年目の今季を“タイトル取り元年”――と位置づけ、その激しい戦いぶりをWGP全15戦の毎レース後、トーチュウ読者に逐一報告してくれます。紋付きはかまというニッポンの伝統を身にまとい、キリリッと気を引き締めての本年初仕事。今季への意気込みをたっぷり詰め込んだ第1弾「No Limit’97スペシャル」です。
 明けましておめでとうございます。

 こういう仕事をしていると、お正月はやっぱり特別な感じがする。気が引き締まるというか、やるゾっていうパワーが全身にみなぎってくる。

 今年も子供のころから毎年行っている上野・アメ横にある神社に父と兄と3人でお参りに行った。オートレーサーの父、プロゴルファーを目指す兄、それぞれ戦う舞台は違うけれど、いいシーズンになるようにとお祈りをしてきた。去年の11月にSUGOで折った左鎖骨もほぼ完治。早速、きょう(4日)からトレーニングを始めます。

 今季はチームが変わります。マールボロ・ヤマハ・ロバーツからマールボロ・ヤマハ・レイニーチームへ。というよりも、もともと僕はレイニーチームの所属で、ロバーツチームにレンタルされていた。それがやっと本来のチームに戻ることになったということ。

 僕がレイニーさんのチームと契約したのは94年。その年の日本GPで500ccクラスにスポット参戦して、K・シュワンツとM・ドゥーハンと優勝争いをした。その走りが認められてレイニーさんから「グランプリを走らないか」と声を掛けられた。最初は250ccで走る予定で、しかもシーズン途中から参戦するはずだったけど、ロバーツチームのD・ビーティー選手(現在はラッキーストライク・スズキ)が思わぬケガ。急きょ、代役としてロバーツチームから500ccに参戦することになったんだ。

 今年はフル参戦3年目。「97年の目標は?」と聞かれるたびに「最低3勝はしたい。1回でも多く優勝争いをして、毎戦表彰台に立てるようなレースがしたい」と答えてきた。その気持ちは今も変わらないけれど、最低3勝という数字に、「えっ、そんなもんなの?」と言われることもある。

 そう言ってくれる人は、今年は絶対にチャンピオン争いのシーズンになる。最低3勝ではチャンピオン争いは難しいんじゃないか。そう言いたいのだろうけど、去年が1勝だったから目標を3勝に置いたんです。

 もっと数字を大きくした方が威勢はいい。でも、95、96年と、自分の立てた目標をクリアすることの難しさを痛感して来た。「最低3勝」という数字も、本当は想像以上に厳しい数字だと思っている。まずは3勝。何としても3勝。それを達成できたら、次の目標を掲げて戦っていきたいと思っている。とにかく1戦1戦を大事に。そして全力で戦う。

 94年はスポット参戦の日本GPで決勝では転んだけど優勝争いもできた。それが縁でグランプリに行けることになったのだから納得している。ホンダからヤマハに移籍しイギリスで転倒、ケガをしてレースに出られなかったのは失敗だったけれど、次のチェコとアメリカでは6位になれてまずまずのシーズン。

 95年は初のフル参戦。初めてのサーキットばかりだったけどとにかく全レースで完走しようと思った。あの年の最大の問題はレース序盤にペースが上がらなかったこと。全日本を走っていたころは1周目からバ〜ンといけたのに、その走りができなかった。

 そして96年。フル参戦2年目のシーズンということで、ランキング5位以内という目標を立てた。決勝では95年に課題として残っていた序盤のスローペースが直った。ところが今度は予選でタイムが出ない。本番ではチャンピオンのM・ドゥーハンやA・クリヴィーレとペースが変わらない。それどころか僕の方が速いくらいのレースもあったのに予選のグリッドがとにかく悪すぎた。

 どうして予選でタイムが出ないのか分からなくてシーズンを通して悩んだ。それが本番になるとあっさりとタイムが出る。

 予選も決勝も思い通りに走れたのはブラジルGPだけ。予選2番手。決勝もドゥーハンをピタリとマークして中盤でトップ。周回遅れと絡んでペースダウンし、結局3位だったけど、あのアクシデントがなければって今でも思う。

 でも、シーズンを通して表彰台に4回立ち、ランキングは5位。4位になれたらもっとよかったと思うけれど、全体的にはまあまあかなって。それもこれも、日本GPの優勝があったからこそ。これで3位とか2位だけだったら、気分的にはあまり良くなかったし、それどころか、クビになっていたかもしれない、と思うこともある。
 正直いって、去年のシーズン前は、僕がヤマハのNo.1って気持ちはあまり強くなかった。それまでのエース、L・カダローラが移籍したための横滑りのエース。経験も実績もなかったし、No.1というプレッシャーもなかった。ただ、シーズンが始まると予選で自分がヤマハ勢の中でビリだとやはり最低の気分だった。目指すのはいつも優勝だったけど、優勝できなかったとしても同じヤマハに乗っているライダーには絶対に負けたくなかった。

 今年はヤマハに乗るのが、カダローラとスーパーバイクチャンピオンのT・コルサー。僕のチームメートはだれになるのかまだ決まらない状況だけれど、自分が最年少だということに変わりはない。今年は特に、キャリアも実績も豊富な選手がそろう。だからといって負けないゾっていう気持ちに変わりはない。ただ、マシンの開発とテストの進み具合という点では、ずいぶん助かる。みんなそれぞれ乗り方も選ぶタイヤも違うけど、カダローラやコルサーの加入は予選から大きな武器になるはず。他人の使うタイヤを見て自分のタイヤを決めるようなことはしないけど、余計なテストをしなくてもすむ。去年、ホンダ勢がコンスタントに成績を残したのは、選手たちの層の厚さもあると思う。

 去年の暮れ、ある雑誌のイベントに出席した。そのときに「ヤマハとホンダのマシンではどっちがいいですか?」って質問が出た。全日本時代はホンダ、世界GPではヤマハに乗っている。だからそんな質問が出たんだと思う。「初めて乗り換えた時はバイクの違いにびっくりした。最初のころはホンダの方が乗りやすいかなって思ったこともあるけど、すぐにヤマハのバイクに慣れたし、今は差はないと思う」と答えた。全く同じということはないだろうが、勝てるバイクということでは本当に差はないと思う。あとは自分がどれだけ頑張るかにかかっている。

 去年の11月にSUGOで左鎖骨を折った。そのために暮れはテストもトレーニングもできなかった。95年の開幕前もケガをしたけど、バイクに乗れない、トレーニングができないというのは不安が募る。だれだれがどこそこでこんなタイムを出しました、と聞いて、それがびっくりするようなタイムだったりすると、本当にヤバイなって思う。でも、思うだけでどうすることもできない。だからバイクに乗りたいという思いが、いつものシーズンに比べて断然強いんだ。

 今年のテストは1月の下旬からオーストラリアのフィリップアイランドで始まる。次がマレーシア、そしてスペイン。テストが好きで好きで仕方がないという選手はいないし、僕もテストは正直いって苦手。というのもテストは走り込みとは違う。車体やエンジンやタイヤ、いろんなことを比べなくてはならない。テストだから絶対に転べないし、レースのときとはまったく違う集中力を要求される。それでも、今年は全然走っていないから、早く走りたいという気持ちでいっぱいなんだ。ニューマシンは去年のオフに、カダローラとコルサーがヤマハのテストコースで初テストをして、結構いいタイムを出したというし、鈴鹿では岡田(忠之)さんが2分7秒台のタイムも出している。そんな話を聞いているから早く乗りたいし、すごく楽しみにしている。

 昨年は、日本GPの優勝でトーチュウの1面に1度だけ載せてもらうことができた。今年は何回でも1面に載るような走りをしたいと思う。みんなが期待してくれているような結果になれば、本当にいいなあと思っています。そのためにも、最低3勝、全部のレースで表彰台に立てるように頑張らなくては。その目標が達成できれば、結果は自然とついて来るはず。「No Limit’97」で、うれしい報告ができるよう今年も頑張ります。応援よろしくお願いします。