ジェンソン・バトンとバーレーンGPで談笑中
ジェンソン・バトンとバーレーンGPで談笑中
 当コラム「ムッシュ柴田、F1を往く!!」の連載が始まったのは、ちょうどひと回り前の辰年(たつどし)、今から12年前の2012年3月でした。普段のニュース報道ではなかなか書けない、F1の舞台裏で見聞きした話とか、僕個人が現地取材を通じて感じたことを綴ってみようというのが、執筆の動機でした。

 コラムの始まった2010年代前半のF1といえば、レッドブル全盛時代でした。2008年にトロロッソで史上最年少ポールポジション、史上最年少ポール・トゥ・ウィンの記録を塗り替えたセバスチアン・ベッテルが、翌年レッドブルに移籍。そして2010年から四連覇の偉業を達成する。そんなベッテルの勝ちまくり真っ最中の時期でした。
 ところがこの時期のコラムを改めて読み直してみると、ベッテルやレッドブルはほとんど登場してません。たとえばコラム1年目だった2012年はベッテルが3連覇を遂げたシーズンでしたが、全部で25回書いたコラムの中で、ベッテルおよびレッドブルネタは0でした。
 代わりにというか、一番多かったのは小林可夢偉ネタで、9回も書いています。可夢偉くんはこの年の鈴鹿で、劇的な3位表彰台を獲得。しかしそれ以上に活躍したのがチームメイトのセルジオ・ペレスで、3回の表彰台が評価されてマクラーレンへとステップアップしていきました。
 可夢偉くんも不可解なチーム戦略や不運がなければ、少なくともあと2回は表彰台に上がれていたはずなのに。シーズン終盤には、シート喪失の危機も迫っていました。そんなモヤモヤした気持ちと、もっと正当に評価してほしいという思いが、可夢偉ネタの増えた理由だと思います。
 次に多かったのはキミ・ライコネンで、7回ネタにしています。ライコネンはフェラーリでチャンピオンになったあと、WRC(世界ラリー選手権)に参戦。この年、ロータス・ルノーからF1に復帰したばかりでした。
 ライコネンは超一流のドライバーであると同時に、人間的にも実に魅力的で、まともなコメントは言ってくれいないのがわかっていても、囲み取材には必ず通ってました。フェラーリほどプレッシャーのない中団チームのロータスでは本当にリラックスしていて、フェラーリ時代にリタイア後にアイスを食べてたのを批判されたのを逆手に取って、僕たちメディアにアイスを大量に差し入れしてくれたりしたのも懐かしい思い出です。
 鈴鹿ではフィンランド語で「サインください」と話しかけた日本人ファンに気さくに応じてくれてました。担当エンジニアに無線で「ほっといてくれ!」と悪態をついたのも復帰後初優勝を遂げたこの年のアブダビで、この悪態をTシャツにしたのがバカ受けしたのも、ライコネンの人柄ゆえでした。

本紙でもお馴染みの「ギョロ目」尾張正博記者とマレーシアにて
本紙でもお馴染みの「ギョロ目」尾張正博記者とマレーシアにて
この年の秋には、ルイス・ハミルトンがメルセデスへの電撃移籍を発表しています。他のほとんどのメディア同様、僕もこの選択に納得がいかず、「なぜハミルトンは、マクラーレンを捨てたのか」というコラムを書いています。当時のメルセデスは戦闘力不足に苦しんでいて、しかしその裏で着々と新型パワーユニットの開発を進めていたことなど、知る由もなかったのでした。
 そして2014年からは、ハミルトンとメルセデスの大躍進が始まります。しかし当時の僕の最大の関心事は、2015年から再びコンビを組んだ「マクラーレン・ホンダ」の動向でした。参戦前から不安材料は色々取りざたされてましたが、いざ戦い始めると予想を遥かに上回る苦戦の連続・・。そこからのコラムはマクラーレンとホンダネタが多くを占めました。
 悪戦苦闘だったマクラーレンとの3年間を経て、ホンダは2018年からトロロッソと、そして2019年からはレッドブルとも組み、6月のオーストリアで復帰後初優勝。レッドブル・ホンダ、そしてマックス・フェルスタッペンの大躍進が、ここから始まったのでした。
 そして2021年からは、可夢偉くん以来となる久々の日本人F1ドライバー、角田裕毅選手が登場します。しかも可夢偉くんや佐藤琢磨に勝るとも劣らない逸材。ついに待ちに待った日本人F1ウィナーが誕生するのではないか。その願いは今も果たされていませんが、角田くんもまだ23歳。必ず結果を残してくれると信じています。

鈴鹿で3位表彰台を獲得した可夢偉くん
鈴鹿で3位表彰台を獲得した可夢偉くん
 こうして振り返ってみると、僕がコラムを書いてきたこの12年間のF1は、「ベッテル、ハミルトン、フェルスタッペンの時代」だったと言えるでしょう。なにしろこの間に彼ら以外でタイトルを獲ったドライバーは、ニコ・ロズベルグだけでしたから。
 とはいえ彼ら以外にも上述したライコネン始め、ジェンソン・バトン、フェリペ・マッサ、シャルル・ルクレール、そして亡くなったジュール・ビアンキなどなど、忘れがたいドライバーはたくさんいます。
 折しもこのコラム最終回を書いている最中に、「ハミルトン、2025年からフェラーリ入り!」という大ニュースが飛び込んできました。12年前のメルセデスへの移籍では、大方の予想を裏切る大飛躍を遂げたハミルトンでしたが、果たして今回はどうなのか。
 今のフェラーリは正直ダメダメですが、1年後にはバスール代表の組織改革の効果が現れ、ハミルトンは40歳にして8度目のタイトルを獲得するのではと、僕は踏んでいます。

 長い間のご愛読、本当にありがとうございました。
F1ドライバーで唯一の友人と言えたベッテルと談笑するキミ・ライコネン
F1ドライバーで唯一の友人と言えたベッテルと談笑するキミ・ライコネン