赤松孝撮影
赤松孝撮影
 昨季の全日本ロードレース選手権振り返りコラム、第2弾はST1000クラス。JGP2クラスに代わって新設され、ダンロップのワンメークはアジアロードレース選手権スーパーバイクに近いレギュレーションで、今後の交流レースなども期待されています。
 例によって、新設されたクラスにはどれくらいのエントリーが集まるのかが未知数で、10台集まるのか?JSB1000との混走?というような噂も出回り、関係者でもどうなるのだろうと思っていました。そして、いざ蓋を開けてみると、単独開催でフル参戦エントリーが19台と予想を上回り、JSB1000から高橋裕紀(ホンダ)、津田拓也(スズキ)、星野知也(BMW)、復活を狙う藤田拓哉(ヤマハ)、JGP2チャンピオンの名越哲平(ホンダ)を始め、作本輝介(ホンダ)、榎戸育寛(ホンダ)と期待の若手ライダーたち、JGP3チャンピオンの長谷川聖(スズキ)もと、豪華な顔ぶれが揃いました。

 それでも、元ロードレース世界選手権(WGP)モトGPライダーであり、帰国後はモリワキから全日本JGP2でV2(2014〜15年)を獲得している高橋が、そのポテンシャルの高さからダントツのタイトル候補。「敵はいないじゃないの?」と聞くと「新設クラスは未知数、マシンも新型。必死ですよ」と語っていました。それでも、当時はあまり信じていませんでした。
 昨季は新型コロナウイルス感染症拡大の影響で全4戦に短縮され、開幕戦は8月9日〜10日のスポーツランドSUGO。天候不順だったこともあり、多重クラッシュ発生、転倒者が多いサバイバルレースとなりましたが、優勝はやはり高橋。続く第2戦オートポリスも勝ち2連勝、第3戦もてぎは、ここで優勝できればタイトル決定となる一戦。そこにストップをかけたのが名越でした。

 高橋は全セッションでトップタイムを記録、誰もが3勝目を予想した決勝レース。オープニングラップを名越が制し、高橋がそれを追います。トップ争いは一騎打ち、逃げる名越に対し、高橋はファステストラップを記録し迫ります。最終ラップ、3コーナー、5コーナー、V字コーナーと勝負所を名越が抑えます。高橋が最後の勝負を仕掛けるには、ダウンヒルストレートの加速が鍵、それを引き出すためにヘアピンの立ち上がりを集中し、思惑通りにダウンヒルストレートでスリップストリームに入り、90度コーナーへのブレーキング勝負に出ます。名越はギリギリまでブレーキングを遅らせますが、高橋はさらに奥へ、ラインがクロスし、名越が前に出て0.082差で優勝を飾るのです。WGP日本GPの名勝負、2017年モトGPのマルク・マルケスとアンドレア・ドビツィオーゾの最終ラップの戦い(ドビツィオーゾが0.2秒差で勝利)を彷彿させる攻防に思わず声が上がりました。
 高橋は会見で、「これで余裕がなかったことが分かりましたよね。負けないと信じてもらえない」と汗を拭きました。「名越選手が素晴らしい走りをしていたので、本当に僕もいっぱいいっぱいでした。さすがに一度も勝負を仕掛けないで終わるのはプライドが許さなかったので、最終ラップに勝負しましたが、止まりきれませんでしたね。今回は悔しいですが完敗です」と名越に賛辞を送りました。名越は「自分の持っている全て、全部をぶつけて、前に出られるなら前に出て、高橋選手が前にいたなら、ついて行ってプッシュし続けようと思っていました。自分もギリギリだった」と、持てる力のすべてをぶつけた激しい攻防を振り返りました。高橋のプライドを引き出し、それに競り勝った名越は、この1戦で大きな自信を得たように思います。

 その後、タイトルの決定は最終戦・鈴鹿(10月31日〜11月1日)に持ち越されました。高橋はトレーニング中のケガの影響で、レース人生初のフライングを犯してペナルティを課せられます。それでも追い上げを見せ16位フィニッシュ、タイトルを決定します。名越は最終戦で優勝を飾り2連勝。高橋の2勝に並び、その存在感を示しました。
 名越は今季、ハルクプロのエースライダーとして最高峰JSB1000にステップアップします。「2019年はJGP2のチャンピオンとしてJSB1000に上がるんだと頑張りましたが、そうはならずで、残念な気持ちがありました。それでも、与えられた環境で最善を尽くすことは毎年変らない。新設されたST1000クラスの戦いでは大変な部分もありましたが、頑張ったことを認めてもらい、今年は念願のJSB1000で戦えます。ハルクに入ったときは高橋巧選手がエースライダーで、憧れがありました。いよいよ自分もそのポジションにつけて、光栄です」と希望で胸をいっぱいにしています。

 名越はホンダのCBRドリームカップで育ち、アジアドリームカップに参戦した後、全日本に昇格。アジアロードレース世界選手権や、WGモト2クラスへの代役参戦など、さまざまな経験をしながら、確実に力を蓄えてきたライダーです。控えめな好青年といった印象の名越が、念願だった国内最高峰クラスに参戦、さらなる成長に注目です。

 昨年の鈴鹿テストでは、JSB1000マシンで好タイムを連発していました。ご褒美でのJSB1000ステップアップではなく、力があるからこその抜擢、名門ハルクの看板を背負っての新たな挑戦です。ヤマハの中須賀克行、清成龍一(ホンダ)との戦いが待ち受けています。次世代のエースライダー候補のひとりで、今季ブリティッシュスーパーバイク選手権参戦を決めた水野涼に続き、世界を目指す戦いが始まります。