赤松孝撮影
赤松孝撮影
 全日本ロードレース選手権ST600は最もエントリーを集めるクラスで、フルエントリーは32台。2輪ロードレースの将来を担う若手がひしめき、激しいバトルが繰り広げられています。2019年は小山知良(ホンダ)が悲願のタイトルを獲得、昨年はゼッケン1を付けてのシーズンでしたが、開幕戦でのトラブルでタイトル争いは難しくなりましたが、小山の存在がST600のレベルをググっと引き上げてくれています。
 その真骨頂のようなレースが、昨季第3戦オートポリスでした。美しい山並みと澄んだ空気、真っ青な空、アップダウンがあり、欧州のコースのようだと言われ、攻略が難しいサーキットでもあります。30分1セッションの予選、開始早々から次世代ライダーとして期待の荒川晃大(ホンダ)がトップタイムを記録、タイトルを狙う岡本裕生(ヤマハ)が2番手、小山は3番手でフロントローに並びます。

 スポット参戦を含め40台がグリッドに並んだ決勝レース。岡本がホールショットを奪い、小山が2番手に付け、岡本を筆頭に5台がトップ争いを展開、その後はそこから抜け出した岡本と小山の2台による争いとなり、小山は「最終ラップの1コーナー、ブレーキングで勝負すると決めていた」と、岡本の背後に付け、ホームストレートでスリップストリームに入り、狙い通りに1コーナーで岡本をパスしトップを奪います。その後も巧なブロックラインでプッシュする岡本を退けますが、「全日本で負けているようでは世界に行けない」が岡本の口癖、負ける訳にはいきません。ジェットコースターストレートから上りセクションで小山の背後に迫り、最終コーナーで並び、同時にゴールラインを通過します。その差は、0.024秒。瞬きよりも僅かな差で、小山が優勝を果たします。
 岡本は「最終ラップの第2ヘアピンで意地でも刺してやろうと思って挑んだら、コースアウトギリギリのところまで出てしまいました。絶対に負けてはいけないはずなのに勝てなかったのは、自分に足りないものがあるからだと思います。次は絶対に勝ちます」と誓いました。小山は「今回は岡本選手のペースが速く、タイヤに厳しい中、どうやって抜こうか考えていました。残り2周でどうやってタイヤを機能させて勝てるかを掴めたので、自分の強みであるブレーキングで勝負に出ました。1コーナーを抑えれば残りのコーナー全てを抑えきる自信はありました。このレースウイークは、1コーナーと第2ヘアピンでどこまで突っ込めるかを考え、ブレーキングに特化した車体に仕上げていました」と語り、渾身のレース運びを見せました。「何度転びそうになったことか、もうギリギリ。でもやっとゼッケン1で勝てた」と笑顔を見せてくれました。レースウイークのすべての時間をつぎ込んで決勝レースでの勝負に絞ったマシンを仕上げ、自身のライディングを構築して行く小山の凄さは、世界で鍛え抜かれた凄みを感じさせるものでした。
 最終戦・鈴鹿では、血気盛んなライダーたちの多重クラッシュから2度も赤旗となり、終盤の攻防を見せることができないままレース成立、チェッカーなき最終戦となり、南本宗一郎(ヤマハ)が勝利を飾りランキング2位に、岡本が4位でタイトル獲得を決めました。小山は最終戦5位に入り、ランキング3位でシーズンを終えましたが、その存在感は変らず、ST600のライダーたちを鼓舞するものです。
 小山は全日本昇格した2000年のデビューシーズン、17歳でGP125のチャンピオンに輝いた逸材。そこから常にタイトル争いの常連となり、2005年にロードレース世界選手権(WGP)に飛び出してからも変わらず、2013年から参戦開始したアジアロードレース選手権でも発揮されました。レースに向き合うプロフェッショナルな姿勢は誰もが一目置き、幼馴染の手島雄介は、自身のチーム「T.pro Innovation」設立時にどうしても小山が必要だと懇願し、そこからともに戦い、常にトップ争いを繰り広げています。朋友の高橋裕紀は「小山選手から学ぶことも多く、刺激を受ける存在」と語っています。

 小山も高橋も、JGP3で走る宇井陽一、徳留真紀も、WGPのトップで戦ったキャリアを持つ素晴らしいライダーが全日本にいて、そんな彼らが真剣にレースに取り組んでいることが、全日本の宝だなと思うのです。小山は今年もST600でその実力を見せてくれるはずです。その走りをじっくりと見て、レースの醍醐味や面白さを深く知ってほしいなと思います。