少し時間が空いてしまいましが、海外で活躍する日本人ライダー紹介。4人目は水野涼です。今季からブリティッシュスーパーバイク選手権(BSB)に参戦中。チームメイトには高橋巧がいて、それぞれがチームガレージのそばの2LDKのアパートに暮らし、ジムでのウエイトとオフロードトレーニングを行うことが日課だそうです。

 水野は「本当に何もないイギリスの田舎町。スーパーマーケットはあるけど、おしゃれなバーやレストランやカフェのようなものはない。ロンドンには片道3時間くらいかかるので、めったに出かけないです。今までやったことのない自炊をしています」と、誘惑のない環境でアスリートとして節制の効いた生活を送っています。新型コロナウイルスの影響でBSBの開催スケジュールは変更され、6月にいよいよ開幕を迎えるとそこからは毎週のようにレースがあり、イギリス国内中を移動する忙しい日々が続いています。
 「参戦が決まって、最初にシルバーストーンでの事前テストに参加しました。短いけどフラットなコースで、初めての制御のないマシン、経験のないピレリタイヤだったのですが、トップタイムから1秒落ちくらいでした。開幕までに計4回のテストが用意されていたので、この調子で走り込んでタイムアップしていけば、1年目でも上位に食い込んで行けるんじゃないかと思ったのですが…」

 ところが、2回目のテストコースのスネッタートンは、路面が悪く、コース幅も狭く、ブラインドコーナーが続き、エスケープゾーンもないようなコース。ここでは「これまでの走りがまったく歯が立たない」という現実を知ることになります。4回目のスネッタトーンも然りで、プライベートテストで訪れたノックヒルでも同じくで、海外コースの手荒い洗礼を受けました。
 水野はもともとはポケットバイク「74Daijiro」出身のライダーで、74Daijiroカップでチャンピオンになり、ミニバイクでも活躍。全日本ロードレースに昇格してからも、2015年はJGP3チャンピオン、翌年からJGP2にステップアップし、2017年にはチャンピオンを獲得。次世代エースとして注目を集めるエリートライダーとして歩んできました。

 2017年は、自ら志願してプライベートチームの桜井ホンダから鈴鹿8耐に参戦し、初挑戦となる1000ccバイクを操り、チームを入賞に導きます。この時のチームメイトとなったのが、BSBを戦うジェイソン・オハーランでした。

 鈴鹿8耐で大排気量マシンも操れることを証明した水野は、翌2018年にJSB1000へのステップアップへのチャンスを掴み取ります。

 さらに2019年の鈴鹿8耐はチョビ・フォレス、ドミニク・エガーターと組み、ハルクプロのエースライダーとして戦うのです。この時、スーパーバイク世界選手権(WSB)の王者、ジョナサ・レイが参戦、その走りに衝撃を受けた水野は、WSBへの思いが現実感をともなって大きくなりました。
 チョビはBSBのライダーで、水野のポテンシャルの高さを認め、BSBに誘いました。水野はBSBへ観戦に行き、レース発祥の地・イギリスのモータースポーツ文化の深さ、ライダーのスキルの高さを知り「BSBで鍛えた力で、WSBへのステップを」と誓うのです。

 そして2021年、ホンダの育成プログラムの一環として、BSB参戦を掴むのです。水野は「BSBで3度もチャンピオンになった清成(龍一)さんのすごさを感じています。こんなたいへんなコースを攻略して戦ってきたということが、本当にすごいと実感しています。BSBに参戦しているライダーにもその凄みを感じます。懸命に挑んでも、予選で最後尾なんて…。グリッドで後ろに誰もいないレースを経験したことなんてなかった。正直、ショックでした。でもそれが現実、それを受け止めて這い上がらなければと思っています。もがくしかないと思っています。安全マージンや限界、そのレベルを考え直さないといけない。BSBは1大会で3レースあるので、しっかりと経験を積んで、少しでも進歩できるように取り組みます」
 水野は自ら望んで過酷な状況で、自身を鍛えたいとBSBへの戦いに飛び出した。冷静で、状況判断が適格で、美しいライディングが持ち味の水野が、自分自身の殻を破り、BSBで鍛えられたら、最強のライダーになるはず。その期待値は変っていません。水野の声からは「BSBの戦いを突き詰めていきます」と、このままで終わる気はないという熱さを伝えてくれました。第5戦ドニントンパークでは初ポイントを獲得し「目標だった毎セッションごとにタイムを更新することもでき、前進している」と元気な声が届きました。変化と進化、水野の大きな挑戦を、しっかりと見守らなければと思うのです。