永井康友さんのお墓参りで集まりました
永井康友さんのお墓参りで集まりました
 1995年のスーパーバイク世界選手権(WSB)第10戦オランダ・アッセンの第2ヒート、ヤマハ永井康友選手はエンジンブローを起こしたマシンが出したオイルに乗って転倒し、病院に運ばれますが、9月12日に帰らぬ人となりました。

 今年、永井選手を支えた友人のひとり、西野公章さんが3月7日に病気で亡くなり、これがきっかけとなって、あの頃の仲間たちが永井選手のお墓に集まりました。

1995年、一番左が西野公章さん。その横が加藤大治郎。右から2番目は亀谷長純です
1995年、一番左が西野公章さん。その横が加藤大治郎。右から2番目は亀谷長純です
 永井選手との出会いは、埼玉県越谷市の流通団地に「直角カーブ」と皆が呼んでいる場所。バイク免許を取った高校生たちは、アルバイトをして手に入れたバイクでそのコーナーを攻めて走る、という走り屋のポイントで、永井選手とそこで出会いました。

 直角カーブには、多い時で40台くらいが集合していたようです。西野さんの双子の弟、元章さんは「走って、Uターンして、また走って、それを飽きずに何度も何度も繰り返していた。当時から永井のスピードはずば抜けていて、皆でミニバイクレースに出るようになり、そこから、永井、亀作和哉、木村辰之は国際A級まで上がったけど、永井はヤマハファクトリーライダーにまでなって、世界へと挑戦した。俺たちは『永井のしもべだなぁ〜』と言いながら、応援していたし、永井から招集が掛かると、みんなで初詣に出かけたり、食事に行ったり、いつも集まっていた。兄(公章)は永井のマネージャー役で、誰よりも世話を焼いていた」と振り返ります。亀作さんは「永井は意外と寂しがりやで、誰かと繋がっていたかったんだよ」と言います。彼らはサーキットにも足を運び、そのまま永井応援団となりました。
赤松孝撮影
赤松孝撮影
 私は、95年のシーズン開始前、日本人初のWSBフル参戦ライダーとなった永井選手の激励会が彼の行きつけのイタリアンで行われた時に取材しました。ここには、まだ無名の加藤大治郎や亀谷長純も参加していました。

 取材に対して永井選手は、「トーチュウに大きく取り上げられるようなライダーになりたい」と話してくれ、私が「WSBで日本人初優勝ができたら、きっと記事掲載されるよ」と言うと「そこを目指そう」と言ってくれました。

 そして、WSBフル参戦のシーズンを迎え、永井選手は第9戦スポーツランドSUGOの1ヒート3位、2ヒート2位と、日本人初表彰台をゲットし、続く第10戦オランダへと向かったのです。

 事故にあった日、荒木敏さん(コーディネーター)から連絡があり、「病院で頑張っている永井のため、励ましのメッセージがほしい」と言われ、できる限りの関係者に伝え、たくさんのメッセージを集め、寝ずに送り続けました。届いたメッセージを、荒木さんと永井選手の婚約者が枕元で読み上げ、奇跡を願い続けました。あの緊迫した長い夜のことを思うと、今でも、悲しみが胸に迫ってきます。
赤松孝撮影
赤松孝撮影
 永井選手の葬儀、一周忌、3回忌と、みんなの前で挨拶をする機会があるたび、「トーチュウの紙面を飾ったのは、初優勝の記事じゃなくて、死亡事故の記事だった。そんなの悲しすぎる」と話しながら、涙があふれて、グショグショで、何を言っているんだかわからなくなる私を、公章さんはいつも気にかけてくれ、毎年お墓詣りや、何かイベントがあると声をかけてくれていました。

 公章さんは、仲間たちだけでなく、永井選手の親御さんやヤマハ関係者にも気を配っていて、思い出が風化しないようにしてくれていたように思います。あの頃の仲間たちはもう立派な大人で、学生の頃のように同じ時間を過ごすことは難しくなりましたが、それぞれに今も変わらず、永井選手のお墓を訪れています。

 今年はみんなで集合することになって、西野元章さん、亀作和哉さん、木村辰之さん、森田進さん、田中秀樹さん、高橋裕治さん、それに加えて、亀谷長純さん、荒木敏さん、SP忠雄の元メカニックさん、永井選手のお墓を綺麗に掃除してくれていたヤマハ関係者の方もいらっしゃって、お墓の前に椅子やテーブルを置いて、でも密にならないよう気を付けながら、永井選手がどれほど速かったかを語って、公章さんの献身的なフォローを思い出していました。写真での参加だった公章さんは、永井選手が褒められていることを喜んでいるように思いました。永井選手が亡くなり26年も経つのに、今も変わらずに彼はみんなの憧れで、ヒーローであり続けています。


 ※ライダーとしての話は、また、別の機会にと思っています。今回は公章さんの追悼も込め、お友達の話を書かせてもらいました。
赤松孝撮影
赤松孝撮影
1987年、バトラックス3時間耐久参戦時の集合
1987年、バトラックス3時間耐久参戦時の集合