「情熱のロードレース」vol.1
「情熱のロードレース」vol.1
 新型コロナウイルスの第6波が広がり、今もまだ先行きが不安定な状況が続いています。多くのスポーツイベントは世界各地での開催が難しく、ロードレース世界選手権(WGP)日本グランプリも、鈴鹿8時間耐久ロードレースも、2年間にわたり開催ができていません。今年こそと願う気持ちが大きくなっています。そんな中、今回は鈴鹿8耐を取り上げた本をご紹介します。外出が難しい今の時期に、鈴鹿8耐の熱いエピソードを振り返ってみるのは、なかなか良い時間の過ごし方だなと思うのです。

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「情熱のロードレース」vol.2
「情熱のロードレース」vol.2
 「オートバイレースに多くの人々が熱狂した時代は、レースがその熱量にふさわしい魅力を持っていました。グランプリライダーの競演、ワークスマシンの激突など、予測不能な要素が複雑に絡み合い、多くの人々をサーキットに誘ったのです。そして数十年経ち、『今だから言えること』が口にできる状況となりました。一般的に伝えられているレースが、本当にそうだったのか。いわゆる『戦記物』として、多くのファンをサーキットに集めたレースを改めて振り返り、当時の人々に再取材しまとめたのが『情熱のロードレース』です」

 というのが、本の紹介文です。この本の編集長は川上滋人さん。全日本ロードレース選手権のプレスルームで、遅くまで黙々とお仕事する仲間でもあります。川上さんは1980年代のバイクブームの真っ只中に、多くの若者同様、バイクに乗り、レースにも出て、メディアとして、それを伝える人になりました。

 川上さんは「サーキットで情熱を持って戦っている人からは、自然に生き方が伝わる。この仕事を通じて、物事の考え方を教えてもらい、生きる力になっている」と語ります。
「情熱のロードレース」vol.3
「情熱のロードレース」vol.3
 影響を受けた人物に、ふたりの名を上げました。まずは、ハルクプロの本田重樹さん。名ライダーを次々と生み出す名物監督です。新人編集者の頃からの付き合いで、【継続の力】を教えてもらったと言います。

 もうひとりは、吉村平次郎さん(元ホンダレーシングコーポレーション副社長)。「何故ホンダのNSR500は速いのか?」と雑談中に聞いたら、「質だよ」と言われたエピソードを取り上げました。吉村さんは「人車一体と言うが、そこにバイクがあると感じた時点で違うわけだから、その理想を求めてクオリティを上げていく。例えば、10個の箱を並べて10cmになるようにしようとして、1cmのものを10個並べても、10cmにはならずに誤差が出る。誤差が出ないようにするには、質を高めることしかない」と話したそう。それを聞いて川上さんは「帳尻を合わせるような仕事の仕方ではなく、一つ一つ確実に積み上げるように仕事をしないと、質の高いものはできないのだと気が付かされ、衝撃を受けた」と、その理由を教えてくれました。

 川上さんは、質の高い仕事を目指して日々の取材を続け、この本を作り上げたのだと思います。懐かしいと思う世代だけではなく、若い世代の方にも読んでもらい、レースの面白さを知ってもらいたいという思いを込め、美しい写真と、証言者たちの生の言葉で作られた本は、すでに2冊刊行されています。
 ホームページからの抜粋ですが、1冊目は、熱狂する人々で埋め尽くされた1985年鈴鹿8耐。スポーツ写真の巨匠・水谷章人、坪内隆直らの素晴らしい写真で、鈴鹿8耐のレースを誌面に再現。当時携わった多くの関係者の証言から様々な角度で検証しています。

 2冊目は、1987年バイクブームによって盛り上がった鈴鹿4耐人気を受け、車両メーカーは250cc、400ccスポーツモデルの販売促進の場として、その戦いがどんどん熾烈になっていきました。では実際、現場ではどのようにワークスマシンが開発され、戦いが展開されていたのか。加えて、メーカーはその先をどう見据え、87年鈴鹿8耐の中でどのようなマシンを走らせていたのか?

 今年1月31日発売の3冊目は、1988年鈴鹿8耐。WGPライダー、ウェイン・レイニー、ワイン・ガードナー、ケビン・シュワンツ、ミック・ドゥーハンなど海外のトップライダーが続々と招聘され、ハイレベルな戦いとなった88年の鈴鹿8耐。前年優勝のヤマハは、片持ちスイングアームを捨て、ホンダは究極の市販車VFR750R(RC30)を投入するなど、メーカーの威信をかけた戦いはさらに過熱していく。そんな8耐を、現場の人間たちはどう戦ったのか?

 お家時間が増える今、あの熱い戦いに浸って、コロナ禍が落ち着いたらサーキットに出かけるぞ!と、盛り上がってもらえたらと思うのです。HPからぜひチェックして下さい。