赤松孝撮影
赤松孝撮影
 昨年11月に出版された「突っ込みハッチの七転び八起」(八代俊二著)、時間ができたらゆっくり読もうと思っていたのですが、時間ができるのを待っていたらいつになるか分からないと思い直し、読み始めました。

 本の帯にはこのように書かれています。
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 かくして薩摩隼人は、プロのレーシングライダーになった。初バイクは小学生のときに畑で乗ったヤマハのメイト、「一を聞いて十を知る」に近い感覚で、自分のおもいどおりにバイクを操ることが出来た。その20年後、私はNSR500で世界グランプリを走っていた。

 「始めるのは遅かったけど、辞めるのは速かったんですよ」と自嘲気味に男は笑った。都会で一旗揚げようとF1ドライバーを目指したその男は、まずは初期投資が少ない二輪レースで頭角を現すと、そのまま世界選手権につれ出されてしまう。はた目には順風満帆にエリート街道を付き住んでいるように映っていたかもしれないが、男はある日突然レースを辞めてしまう。レースに全身全霊を傾けながら挑み続けた男の半生が、今解き明かされる。

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 著者である八代俊二は、彗星のように現れた才能あふれるライダーでした。1983年、モリワキエンジニアリングに所属し、1984年にはTT−F1チャンピオンに輝きます。この年の日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)が発行した「ライディング」には、「最も盛況を見せたモータースポーツはやはりロードレースの全日本選手権シリーズといえよう。10戦鈴鹿には1000台を超えるエントリーを集めた」(抜粋)とあります。

 当時はスターライダーとなった平忠彦が登場し、空前のバイクブームが巻き起こっていました。平は角川映画「汚れた英雄」の吹き替えに登場したり、資生堂のCM出演したりと、時代の寵児となり、また、ノービスライダーの宮城光はアイドルのように世間の注目を集め始めていました。

 その頃の全日本ロードには、国際A級、B級、ノービスの部門ごとに、500cc、TT−F1、TT−F3、250cc、125ccなどのクラスがあり、それぞれで熱戦が繰り広げられ、決勝進出することは至難の業でした。

 多くのライダーが集い、勝ち残り、全日本で活躍できるのは一握りの選ばれたライダーだけ。そこに辿り着いたライダーたちは、才能の塊のような精鋭たちでした。その中でも八代は、レジェンドライダーの河崎裕之氏が当時から「八代には才能がある」とその走りを認めていたのです。その一言だけでも、八代のスペシャル感が分かるというものです。
 八代は、世界へとターゲットを移したヤマハの平忠彦の対抗馬としてホンダの目に留まり、1986年にフレディー・スペンサー(1983年、1985年WGP500チャンピオン、1985年WGP250チャンピオン)の欠場から、その代役ライダーとしてロードレース世界選手権(WGP)に参戦します。

 翌1987年にはホンダのワークスライダーとしてワイン・ガードナー(1987年のWGP500チャンピオン。エディ・ローソン、ウェイン・レイニー。ケビン・シュワンツとともに4強と呼ばれた)のチームメイトとして参戦。1988年も継続参戦し、開発能力の高さを発揮、ライダーやチームの信頼を獲得するのです。ですが、1989年に全日本へと戻り、500ccクラスに参戦してランキング2位、世界で鍛えられた走りで観客を沸かせ、スターライダーの地位を不動のものとします。この後の活躍も熱望されましたが、1990年に引退してしまいます。

 その才能でチャンスを掴み、最速でWGP参戦、それもホンダワークス所属ですから、ライダーとして最高のポジションを掴んだライダーでした。WGPからどうして戻ったの?引退はなぜ?と誰もが思いましたが、モータースポーツはモチベーションがなければ続かない競技であり、誰もが「本人が決めること」と受け止めていました。引退は残念でしたが、海外参戦ができた幸せなライダーだと思っていました。いつも堂々としていて、自信にあふれていたので、そこに大きな葛藤があったことを知る人は、多くはなかったのではないかと思います。
八代俊二さん
八代俊二さん
 この本の中には、地方から夢を抱いて鈴鹿にきて、誰の力も借りずに這い上がり、時代の流れに翻弄されながらも純粋にバイクを、レースを愛し、夢を追いかけたライダーの赤裸々な姿がありました。傷ついて、もがきながら走り続けていたことを知ると、八代のレースが違ったものに見えて来ます。

 もっと、その思いに寄り添いサポートする人がいてくれたら、八代のライダー人生は、大きく変わっていたのかもしれないと思います。素晴らしい才能を持ったライダーを、レース界は早々に失ったのだなという思いが押し寄せます。

 あの熱狂の時、レース界では何が起きていたのかを知ることができます。赤裸々な告白に衝撃を受ける部分も多々あり、ライダーの視点として、映像ではわからない部分が丁寧に描かれています。レース好きな方もそうでない方にもお勧めです。
八代俊二著「突っ込みハッチの七転び八起き」
八代俊二著「突っ込みハッチの七転び八起き」