赤松孝撮影
赤松孝撮影
 チームノリックジュニアの発表会で初めて中原美海を見たときはまだ中学生のころ、幼さの残る笑顔が可愛い妖精のような女の子で、「アイドルデビューします」って言われるほうが納得できる感じがしました。「えぇ〜、本当にロードレースに参戦するの?」と思ったのを覚えています。ずっと気になる存在でしたが、なかなか話を聞く機会がないまま時間が過ぎ、今年、アジアロードレース選手権(ARRC)第3戦日本ラウンド(6月24日〜25日)のTVS ASIA One Make Championship(TVS)にワイルドカードで参戦する中原を訪ねることができました。
 中原とバイクとの出会いは10歳。当時ソフトボールをしていた中原に妹が誕生し、お祝いで妹にポケットバイクがプレゼントされたことがきっかけでした。そのポケバイに妹ではなく中原が夢中になるのです。ソフトボール選手からライダーへと転身し、神奈川県の中井サーキットに通うようになります。満タンに入れたガソリンが無くなるまで乗り続け、参戦したレースで負けたことが悔しくて、負けず嫌いの中原の闘志に火が付きます。火が付いたのは中原だけでなく、付き添う父の心にも伝染、そこから二人三脚のレース人生が始まるのです。

 「(レースに)負けたら悔しくて、そこからは絶対に勝ちたいと練習の虫でした」

 その頑張りが知人を通してチームノリック監督の阿部光雄氏に伝わり、2015年にチームノリック入りして注目を集めるようになります。
 地方選手権JP250クラス(茂木、筑波、菅生)に参戦、もてぎロードレース選手権 MFJレディースロードレース ST150で優勝。2016年はもてぎロードレース選手権 MFJレディースロードレース ST150で勝ち、SUGO 6時間耐久ST150では保坂綾乃と組んでクラス優勝を飾ります。

 地方選での活躍後は、チームノリックを離れ、2017年はJP250クラス参戦。ARRCUB150クラスに代役参戦し、MFJスーパーモト東日本エリア選手権S2クラスチャンピオンとWOMEN’S AWARDSチャンピオンとなります。2019年はARRCAP250参戦と活動の場をアジアへと広げました。2020年からもてぎロードレース選手権JGP3参戦と活動を続けました。
 「アジアロードレース選手では国別対抗のレースに参戦させてもらいました。言葉の違いもあって大変でしたが、それ以上に楽しかった。アジアは路面状況もそれぞれに違いがあって、ガツガツした路面を豪快に走り抜けるイメージがカッコ良いなと憧れました。挑戦することができて嬉しかった。日本とは違った盛り上がりというか、熱さのようなものが魅力でした」

 学生時代の中原は、レース資金を捻出するため学業の時間以外はガソリンスタンドとドラッグストアのアルバイトを掛け持ちし、朝から晩まで働き詰めでした。ですが2021年、コロナ禍に加えて自身が社会人になったこともあり、就職を機に一度レースから離れます。
 「規則正しい生活になって、K−POPのアイドルグループ『SEVENTEEN』や『TWICE』にハマったり、友だちと遊んだりしたけど…。どこか、何かが違うという思いがあって…。寝ないでアルバイトしていた頃の方が充実していたな、レースのために頑張れる方が自分らしいんだなと気が付いて、自分にとってレースの大事さを感じる時間になりました」

 もう一度走りたいと願った中原が目指したのはアジアでした。2022年、ARRC TVSに参戦し、もてぎロードレース選手権JP250クラスにも参戦、翌2023年には台湾TSR・150BIKE/Bクラスに参戦して1位、王者決定戦では2位となりました。

 「アジアのレースで表彰台に登りたいです。最近はスキルアップのためにモタードに挑戦し始めました。今はまだうまく乗れていないけど、苦手な部分を克服したい。レースから離れることはできないと分かったので、自分のペースでしっかりと向き合い続けたいと思っています」

 久しぶりに会った中原は、やっぱりまだあどけなさの残る可愛らしい女の子でしたが、自分の意志でライダーを続ける道を選び、それに取り組んでいることが伝わってきました。可愛いだけじゃないなと実感しました。

 「自分よりも速いライダーがたくさんいます。みんなを尊敬していて、憧れのライダーを誰かひとりには絞れないけど、そんな速いライダーたちに少しでも近づきたい」

 オートバイ用のブレーキパッド専門メーカー「ベスラ」を販売するタカラ株式会社で働きながら、ライダーとしての挑戦を続ける中原。また、いつか、アジアでのレースのことを聞かせてほしいなと思っています。
中原美海・公式Instagramから