【年末スペシャル2回目】
第750回
26年間続いてきた日本人選手のシーズン表彰台記録。バレンシアGPに代役出場した中須賀克行が最終戦最終レースで2位表彰台に立ち、27年連続へと記録を更新。チェッカーを受けてからコースを1周する間、ヘルメットの中でボロボロに泣いていたという中須賀。これは、チームスタッフと抱き合った後、ヘルメットを取ろうとしている写真ですが、目を見た時、ああ泣いていたんだということがわかりました。本当に素晴らしいレースでした
26年間続いてきた日本人選手のシーズン表彰台記録。バレンシアGPに代役出場した中須賀克行が最終戦最終レースで2位表彰台に立ち、27年連続へと記録を更新。チェッカーを受けてからコースを1周する間、ヘルメットの中でボロボロに泣いていたという中須賀。これは、チームスタッフと抱き合った後、ヘルメットを取ろうとしている写真ですが、目を見た時、ああ泣いていたんだということがわかりました。本当に素晴らしいレースでした
 今週はあっちこっちそっちと飛び回る日々が続いています。月曜日と火曜日は、その昔、お世話になったグランプリOBの方々との温泉旅行。いい湯だな、あははーん、とドリフターズの歌を口ずさみつつ、晩餐のあとにでっかいお風呂につかり、いい湯だな、あははーん、と朝風呂に入ってくつろぐという2日間でありました。

 この集まりは、年に一度か二度行われているのですが、当然のように、みなさん、ひとつづつ年齢を重ねていくのであります。おのずと、オレ病気しちゃったよ、オレ倒れちゃったよ、という話題も多いのですね。本来なら、笑っていられないのですが、そういうピンチを切り抜けたいまは、すっかり笑い話にできちゃうくらい元気なので、よかったよかった、なのであります。

 そんな話題を人ごとのように聞いている飛び魚ですが、「えんちゃんはいくつになったんだ?んん?55?若いなあ。でも、そろそろ気をつけないといけないなあ・・・。まずは、その、少しでかくなりすぎた身体をなんとかしなくちゃな」といった温かい忠告を受けて、無事、横浜に帰ってきたという次第であります。

 それにしても、箱根の紅葉、きれいでした。富士山は雲がかかっていましたが、青空が広がって、気持ちの良いこと。まさに「富士は日本一の山」でありました。いい湯につかり、うまい飯を食べて、いろんな話題で盛り上がり、うははは、わはははは、という2日間。たまにはこういう時間もいいですね。

 今年は平忠彦さんも来ていて、飛び魚は、平さんと昔話で盛り上がりました。その日、飛び魚は、Numberのコラム原稿の締め切りを抱えていて、ちょっと席を外してコラムを書くことになりました。テーマは、今季日本人初の表彰台獲得を果たした中須賀克行。もし、中須賀が最終戦バレンシアGPで表彰台に立てなかったら、シーズンを通じて日本人選手がひとりも表彰台に立てないという一年になっていた、といった内容でした。

 それじゃ、日本人選手のシーズン表彰台獲得記録はいつから続いているのだ、ということになるのですが、1986年のサンマリノGPで平さんが250ccクラスで優勝したときに始まり、以来、26年間続いてきました。今年は、その記録が途絶えようとしていたのですが、もう、後がないという最終戦最終レースで、なんと代役出場の中須賀が表彰台に立ち、めでたく、27年連続に記録は更新されたのでありました。

 Numberの原稿を終わらせ、再び、宴会の席へ。平さんに、「平さんから始まった記録。中須賀君がピンチを救いましたよ」という話をすると、「本当に面白いね。僕の誕生日は11月12日。中須賀君が表彰台に立ったのが11月11日。偶然というか、なんというか・・・」と笑っていました。

 つまり、平さんとしては、こんな気分だったのですね。自分がサンマリノGPで優勝してから、こんな記録が続いていたなんて全然知らなかった。それが、シーズン最終戦最後のレースで中須賀が表彰台に立ち、一躍、クローズアップされる。全日本ロードで中須賀の監督を2年間つとめたこともあり、まあ、なんとも言えず感慨深かった、というものでした。

 今年は全日本ロードに一度も行けず、8耐もグランプリと日程が重なり、行くことができませんでした。飛び魚が中須賀の走りを見たのは、MotoGPの合同テスト。ワイルドカードで出場した日本GP。そして最終戦のバレンシアGPだけでしたが、平さんの語る中須賀克行の話は実に興味深いものでした。もう何度も書いてきたことですが、本当に、時代が時代なら、フル参戦させたいライダーですね。

 こうして、大先輩たちの昔話はいつ聞いていても楽しいのですが、今回は平さんが来ていたこともあり、飛び魚もついつい、昔のことを思い出してしまいました。79年のジュニア350cc。80年の国際A級350ccチャンピオンを獲得した時代に飛び魚は平さんのメカニック(手伝いみたいなもんですけども)をしていたのですが、「いやーあのころは楽しかったですね」というと、「そうだね、楽しかったね」と懐かしそうでした。レースにすべてを掛けていた青春時代。いつか、そのころの話をしっかり書いてみたいなあと思ったりしたのでした。

 ということで、箱根から帰ってきた飛び魚は、休む暇もなく、福島へ向かっています。当初はクルマで行こうと思ったのですが、グーグルマップで目的地を検索すると、クルマで4時間半の距離。これは、とても無理です。中度の時差ボケ状態が続いている飛び魚は、もう2時間以上のドライブは無理。ヨーロッパでは一日1000km以上も走る鉄人ですが、日本では“まるでダメ雄”であります。そこで、あっさりと新幹線→レンタカーに変更。いま、新幹線の中でこれを書いているのであります。ということで、これで99回目。目標まであと21本なのであります。
ミニバイク時代からのライバルで、中須賀克行と仲良しのコヤマックスこと小山知良に、「チェッカーを受けた後、ヘルメットの中で泣いていたんだってさ」という話をすると、「ああ、知ってました。だって、目玉ヘルメットの目から大粒の涙がこぼれるのが見えてました…」と、笑わせてくれました。これはチェッカーまで、あと数周という走り。「最後まで走りに集中することが出来ました。こういう微妙なコンディションのときは、ちょっと周回したタイヤの方がいいんですね。だから、5、6周してあった中古タイヤでスタートしました。」ルーキーだけど、ベテランならではのコメント。さすがです
グランプリOBの方々との箱根温泉1泊2日の旅。いい湯でした。楽しい晩餐でした。写真はいっぱい撮ってあるのですが、紅葉だけにしておきます。なんたって、ちょープライベートな会ですからね。もし、写真を載せようものなら、なんであんな写真載っけたんだ、もっとカッコいい写真はなかったのか、と先輩たちに怒られそうですからね。がははははは・・・