もう何年も前のことですが、恐れ多くも僕は、某メーカーの能力開発セミナーの一環として行われている講演会に招かれて、優秀な技術者を前に、タビビトのたわごとを一時間半ほど喋ったことがありました。その会社は、僕が青年だったころに入社試験を受けて、見事落とされた会社だったのですね。開口一番にそのことを暴露したのですが、まさか、自分を採用しなかった会社で講演をするなどとは、ほんと、夢にも思いませんでした。

 そのときに、「これからインターネット時代を迎えると思いますが、あなたの仕事は、これからどう変化していくと思いますか」というスルドイ質問を浴びせられたのですね。その頃はまだ、パソコンの普及率も低かったし、勿論、携帯電話だって持っている人の方が少なく、電話機も通話料も高かった時代でした。それがあれよあれよという間に激変して、こんな時代がやってきてしまいました。思えば、そのスルドイ質問に僕は、こう答えました。
「たとえどういう時代がやってきても、情報を発信するのは、現場にいる人間だということに変わりはないと思います。取材して情報を送る。その伝達スピードが変わるだけで、現場にいる人間の役割はどんな時代が来ても変わらないと思いますよ」
 
これもまた、今にして思えば、なかなかにいいことを言っているじゃないかと、我ながらニンマリしてしまうのでした。

 確かに、この何年かの間に、なにもかもが大きく変わってしまいました。僕たちの仕事も大きく変化して、写真だって記事だって、世界中どこにいても驚くほど早く送ることが出来るようになりました。電話回線がなくても携帯電話があります。なにもかもが便利になって、いままで出来なかったことが出来るようになったし、情報の入手も以前に比べて簡単になりました。マレーシアであれスペインであれ、今日行われたテストのタイムや周回数が、走行が終わって数時間後に世界のどこかのHPにアップされています。そこからは伝言ゲームのごとき、あっちこっちのHPに掲載されていきます。

 今回もアルメリアで行われたスズキのテスト。バレンシアで行われたアプリリアのテストの情報が、仕事を終えてホテルに戻ると、すでにアップされていたりします。数時間前まで、各チームのピットを訪れ、タイムと周回数を教えてもらう。時には僕しかいないときもあって、データーを集めるだけで大変な作業になります。気がつけば真っ暗になっていたりします。レースやIRTA合同テストなどと違って、この時期のテストは、タイム計測はそれぞれのチームが行っているだけなんですね。そこで、取材に来ている何人かの記者で手分けして情報をかき集めることになるのです。

 それがやっとまとまり、それを今度は、それぞれのチームにフィードバックします。まあ、持ちつ持たれつの世界で、いくつかのメーカーチームが行なう合同テストなどは、こうして、ぼくたち第3者の出番でもあるのです。こうして苦労して集めた情報が、今度は瞬時にして世界のあっちこっちに流れていくことになります。現場にいるチームのスタッフでさえまだ知らない段階なのに、世界のいろんなサイトにアップされていくこともあり、「なんで俺たちより早く知っているんだ」とボヤくエンジニアもいるほどです。

 いまや僕はグランプリ界の”マルコポーロ”と言われるまでになりました。おそらく、世界で3本の指に入るテスト追っかけ記者だと思うのです。どこにでも出没する僕のことを、チームのスタッフたちが「マタキタノ」と言うものだから、外国人などは、僕のことを「マタキタノさん」だと思っている人もいたほどです(・・・っていうのは冗談ですよ)。ちょっと話はそれますが、去年のシーズン、いつもレースで勝つのはV・ロッシで、テレビでいつも「またロッシ、またロッシ」と連呼するものだから、「日本でテレビを見ている子供たちは、ロッシのことをマタロッシが名前だと思っている」というジョークを言うと、これがまた外国人にはとても受けるのです
よ。

 冗談はこれくらいにして、僕たち現場にいる記者たちが苦労して集めた情報が、こうして、あまりにもあっけなく世界中に流れていくということが言いたかったというわけなのです。いつもテストで一緒になるスペイン人記者たちと時々話すのですが、「テストの取材に来ない国のサイトに限ってとにかくアップするのが早い。チームに電話掛けて情報だけささっとだもな」。まあ、そういう僕たちも、ささっと電話で教えてもらうこともありますからね。

 ああ、長くなりました。今回の飛び魚日記は、ライダーの本音ならず、テスト取材に明け暮れるライターの本音特別版になってしまいました。で、何が言いたいのかというと、冒頭の部分のテーマに戻るのですが、なんでもすぐに情報が手に入るインターネット時代になったと言っても、現場にいなければわからないことはたくさんあるということです。苦労して集めた情報が、お茶漬けのようにささっと世界中に流れる時代であっても、僕はいつも、それを発信する側でいたいなあと思うのでした。