第114回
 金も技量も無くて夢だけ持っていた駆け出しのころ、レースが終わると口もきけないほどだった。いつも全力だったから、力を使い果たしていた。病院に担ぎ込まれたことさえある。なのに思うようにいかなかった日々。そして、「おまえなんかに何ができる」「おまえが明日いなくなっても誰も困らない」「株価の1円すら変わらない」「F1ドライバーになりたい? 笑わせてくれるな」。そんな言葉を浴びせられ、ショックを受けたり、悔しくてひとりで泣いたこともあった。でも、そのことをバネにして僕は夢を追い続けた。

 個人的な考えだが、夢とか金欲や名誉欲とかいろんな気持ちがあって、そこにコンプレックスが交じって化学反応を起こすことで、頑張る力がみなぎると思っている。それは怒りにも似ているかもしれないが、「なにくそー! 見てろよ!」と拳を握り締めて頑張れる力。そんなことを原動力にするのは、僕の人間としての器が小さいせいなのか? それとも、エゴとわがままの塊だからなのか? でも、それで頑張れてきたわけだから、少なくとも悪いことではないはずだ。

 一方で最近の若い選手達からは、そんな激しい気持ちを感じることが少ない。争いをしない「ゆとり教育世代」と言われる彼らは、負けても勝ってもサラリと流しているように見えるのだ。それは僕が年を取ってしまって、「最近の若い奴らは」という目線で見ているのかもしれないが、なんだか釈然としない。

 そう思っていたら、ある人が僕に言ってくれた。「負けたら悔しいのはみんな同じ。表現が下手だったり、周囲への気遣いから感情をあらわにしない人もいます」。たしかに性格も感情の表し方も十人十色。処世術として、自分の感情をコントロールできる成熟した若者もいる。そして、負けて悔しいと思わない子なんていない。またひとつ勉強になった。自分の経験を押し付けるだけなんて最低だ。思えば、僕らは「新人類」「理解不能」と言われた世代。そんな僕が若かったころに周りにいた大人たちは、どうしようも無い僕にチャンスをくれたし、あきらめず見ていてくれたのだからね。

 だから、今の僕ができることは、持論を押し付けることではなく、子供たちに失敗を恐れない勇気や、失敗してもやり直す事ができる環境をつくってあげることだ。

 でもやっぱり、夢に近づけない時や、ほんとに苦しい時には、あの言葉が耳の奥に残っていて聞こえる時がある。「おまえなんかに何ができる」(Team UKYO代表)