90年Round 5 カナダGP
90年6月13日掲載
ピットアウトするプロスト=(C)Chunichi
ピットアウトするプロスト=(C)Chunichi
◆ Round 5 カナダGP
◆90年6月8〜10日 ジル・ビルヌーブ・サーキット
 ▽PP A・セナ(マクラーレン・ホンダ)
 ▽優勝 A・セナ
【プロストのカナダGP】
 セナの真後ろ3番グリッドからスタート。ベルガーが1分のペナルティーのため実際は2位で周回。が、19周目にブーツェンのスピンクラッシュを避けたころからペースが落ち、49周目にピケ、マンセルに抜かれ、結局、セナに15秒820差の5位。

「ブレーキ壊滅」

 バックミラーにいたはずのブーツェンが僕の横をスピンしながら追い越していったと思ったら、僕のノーズの前でラリーニにクラッシュした。この衝突を避けるとっさのブレーキングで、とうとう僕のブレーキのトラブルは完ぺきなものになってしまった。車から降りたときには、フロントのブレーキディスクはぼろぼろになっていた。僕のメカニックはミーティングで打ち合わせたある作業を忘れてしまったのだ。断固としてフェラーリ・チームは規律を守り、勝利をつかむために組み立てかたを学ばなければならない。

 モナコGPでは、僕たちフェラーリのドライバーには運がなかった……などと思う間もなく、その翌日、僕はポールリカール・サーキット(フランス)で2日間のプライベートテストに取り掛かっていた。テストはまず、フランスGP(7月8日)のための準備から始まった。次に、カナダGPで使用する方法を試し、最後に将来のための、すなわち来年のためのテストを行った。そこで新しいエンジンのことを聞いて安心した。フェラーリのエンジン担当者たちは期限を守り、僕たちはフランスGPから新しいV12を使用することができることになったのだ。

 テストの後、僕は大急ぎでスイスに帰った。ニコラ(長男)に弟が生まれる予定になっていたからだ。アンヌ・マリーはこのとても難しい”グランプリ”をうまくやってのけた。そしてモントリオール行きの飛行機に乗る前のひととき、僕はニコラと一緒に過ごした。

 ジル・ビルヌーブ・サーキットでは、嫌な天気予報が僕たちを待ち受けていた。それに、コースは厚いほこりの層がアスファルトを覆っており、タイヤは全然グリップしない。舗装は使用し得る限界の状態にきており、路面の凹凸があったり、ゴチャゴチャしていたり、ドライバーにはとても危険なのだ。僕はそれを強く主張した。だけど仕事は仕事、始めなくてはならない。

 僕は今回自分に権利のあったTカーでコースに出た。レースカーを痛めるというリスクを避けるためだ。セッティングは大変だったけど、なんとか用意された車をあるレベルにまで仕上げることができた。僕は予選の準備をすることにした。

 午後の予選で、僕はレース用のソフトタイヤと、予選用のタイヤを使うことにした。レースタイヤはレースカーとTカーで使ってみた。レースカーにはアクセル系の改良を施したエンジンが搭載されていた。おかげで減速がとても良くなったし、パワーもずっと良く出ていた。それに、この車に予選用のタイヤを履くとタイムは7番手から一気に3番手にジャンプした。2台のマクラーレンに次ぐタイムだ。満足すると同時に不満でもあった。車が全体的に戦闘的なのには満足していた。しかし、一方ではウィリアムズ、ミナルディなどの4台に邪魔されなければ、ポール・ポジションを取れたかもしれないと考えていた。予報通り、翌日が雨になれば、と考えるとこれは有利な状況となったはずだ。

 土曜日。予報通りの天気になった。もう一度ポールポジションを狙うということができなくなってしまった。天気予報は日曜日も一日中雨になるだろうと告げていた……。決勝が雨になるであろうと考えながら、僕はコースに出た。Tカー、レースカーですべてのセッティングを試してみた。午前中の走行の最後にマンセルが僕より良いタイムを出したが、2台のフェラーリはトップにいた。これは良いサインだ。

 午後になってコースは次第に乾いてきた。そこで僕は3つの天候を予想してセッティングを入念に仕上げた。まず、コースが乾いた場合どうするか? これは金曜日から分かっている。次にコースが湿っている場合、僕はフェラーリのリアクションを知っている。びしょぬれのときもまた、僕はどうすればいいかを知っている。でもどれになるかはクジ引きのようなものだ。僕はレースのスタートと、そして天気予報をじっと待っていた。

 スタートの数分前までコースは乾いていたが、にわか雨が降りだし、僕たちはレーンタイヤでスタートすることを余儀なくされた。ウエットレースが宣告されたということは、これから雨が強くなっても、またコースが乾いても、レースが中断されることはないということを意味している。したがって、タイヤ交換のピットストップをどこかで決定しなければならない。しかし、これは大きな問題ではない。コックピットの中で、僕は最高のタイミングを選んでやろうと考えていた。むしろ逆に僕が恐れていたのは、雨の中でスタートし、コースが乾いてきた場合だ。そうなれば車のセッティングが合わなくなる。

 僕の不安は的中してしまった。雨がやみ、コースがだんだん乾いてきたのだ。車はダウンフォースが強すぎたために、最高速が伸びない。しかしフェラーリのエンジンは快調で、それを払いのけてくれるかのようだった。本当の問題はブレーキにあったのだ。

 レースのコンディションが変わった場合(ウエットからドライへ)、僕のメカニックにはやらなければならないことが少なくとも1つあったはずだ。ブレーキ冷却用のエアダクトのテーピング(ブレーキパッドの温度を下げるため)をはがすことだ。彼らはミーティングのときに打ち合わせていたにもかかわらず、何とそれを忘れてしまったのだ。ドライ用のスリックに履きかえて数周走ったところで、ブレーキペダルのストロークは伸びはじめた。そしてブーツェンが僕の横をスピンしていった瞬間に、僕のカナダGPは終わった。こんなに厳しいグランプリを戦って5位、たったの2ポイントはあまりにも少ない。(訳・今宮雅子)

(次回はメキシコGP編を掲載します)