90年Round 8 イギリスGP
(90年7月18日掲載)
会見場でマンセルと握手するプロスト=(C)Chunichi
会見場でマンセルと握手するプロスト=(C)Chunichi
◆ Round 8 イギリスGP
◆90年7月13〜15日 シルバーストーン・サーキット
 ▽PP N・マンセル(フェラーリ)
 ▽優勝 A・プロスト(フェラーリ)
【プロストのイギリスGP】
 ▽予選1日、1分09秒110。同僚マンセルが昨年の“NAレコード”1分09秒099を楽々と更新。▽2日目、プロストは前日を0・742秒上回る1分08秒336のラップをたたき出したものの予選は5番手。▽決勝、プロストはプロフェッサーの異名どおりち密な走りをみせた。前半から中盤にかけてマンセル、セナ、ベルガーが激しいバトルを繰り広げるのを後ろから追走。ジリジリと順位を上げ43周目に前を行くマンセルをパスしてトップに躍り出るとそのままチェッカーを受けて今季4勝目を3連勝で飾った。

「前半はタイヤを節約しながらの走りに徹した」

 メキシコ、フランスと連続して優勝したおかげで、僕は気持ち良く、活気のある時を過ごすことができた。そして、イギリスGPがフランスGPのたった一週間後だったことから、好調なリズムはもっと加速されていた。そして珍しいことに、シルバーストーンは好天に恵まれ気温も高かった。

 予選第1日(金曜日)は満足できない一日だった。とにかくセッティングに手間取ったのが一番の原因だ。このサーキットでのプライベートテストに参加したマンセルが決めたセッティングと僕が自分自身のフェラーリに関する知識によって選んだセッティングを混合するというやり方だ。その結果、僕のレースカーのシャーシは、とても奇妙なものになってしまった。

それでも、ひとつ僕を安心させてくれることがあった。セナのすぐ後ろについて走れる機会があったのだが、その時、マクラーレンの動きもまた、それほど良くはないのを僕は確認したのだ。彼らがフェラーリに対して差をつけたのはただひとつ、ホンダ・エンジンのお陰だけだった。加速時の速度で5km/h、トップスピードで10km/h、彼らのほうが速いのだ。

 予選第2日(土曜日)朝、僕はセッティングをゼロからやり直す決心をした。そして、ガソリンを十分に積んだフェラーリは、突然そのポテンシャルのすべてを取り戻した。僕がやるべきことはあとひとつ、予選用のエンジンを積んだ車で最後の予選を切り抜けることだ。僕は午前中にも一周だけ、この予選用の車で走っていたが、調子はとても良かった。そして1セット目のタイヤで、僕は前日のタイムを0・4秒縮めることができた。そしてナイジェル(マンセル)は素晴らしいドライビングで2台のマクラーレンのタイムを破り、ポールポジションを獲得した。母国の観衆の前でナイジェルが見せたパフォーマンスは、僕にはとても手の届くものではなかった。

 ナイジェルは1セット目のタイヤでタイムを縮めることができなかった。それで彼は1セット目のタイヤは役立たなかったことを知らせにきてくれたのだ。ところが僕の場合は1セット目のタイヤはよかったが、2セット目のタイヤはひどいもので、タイムを縮めることはできずに終わってしまった。結局僕は、5番目のグリッドにとどまっていた。でも、メキシコではもっとひどい状態だったことを考えると、これはさほど大きな問題ではなかった。そして日曜日の朝のウオームアップ走行で、僕はそれを確認することができた。

 決勝(日曜日)。フランスGPの時と同じに、4台のフェラーリには従来型のエンジンが積まれていた。今回はもう一度だけ従来型のエンジンを使うが、恐らくこれが最後になるだろう。西ドイツGPからは、僕たちは予選で使用しているニュー・エンジンでレースを戦う予定だ。

 僕は予選で使ったシャーシと、メキシコ仕様のV12エンジンという組み合わせの車を選んだ。ウオームアップの最後に出したタイムは3位だったけれど僕はとても自信を持っていた。完全な満タン状態では僕が一番速かったからだ。だから僕はこのシルバーストーンで得たグランプリ43回目の勝利の後、それが簡単なものであったことを述べて、皆をずいぶん驚かせてしまった。本当はF1は決して簡単なことではないけれど、ここで僕が言いたかったのは、非常にシンプルで実戦的な考え方でシルバーストーンを征服できたということなのだ。すべてのカギはタイヤにあった。

 僕は前半、特にブーツェンの後ろではタイヤを節約しながら走った。スタート直後は2、3周で取り返しのつかないほどタイヤを痛めてしまうことがある。僕はそれを考えて、タイヤには特に注意を払いながら走ったのだ。だからブーツェンを抜いた後ベルガーを抜くのは簡単だった。そしてマンセルの後ろ、2位のポジションについた僕は、彼に逃げられないことだけを考えていた。そしてマンセルのタイヤが僕のより減っているのを計算し、抜いた。恐らく、彼のタイヤはレース序盤のツケがまわっていたのだ。いずれにしろ僕としては、自分の予測が的中したことを確認していた。つまり、僕たちのフェラーリのシャーシは、セナとベルガーのマクラーレンのシャーシよりずっと良く、それによって敵のミスを誘発することができるだろうというものだ。技術的な選択だけでなく、彼らのドライビングにおいても……。そう、それは実際目で確認できたことだ。

 勝利の後のいつものインタビューを受けていたとき、ナイジェルが今シーズンを最後に引退すると発表していることを知った。ずいぶん突然な決心だと思うが、グランプリの何日も前から決めていたことなら、僕はとやかくいわない。だれでも、自由に自分の選択をする権利があるのだから。(訳・今宮雅子)

(次回はドイツGP編を掲載します)