93年Round 5 スペインGP編
(93年5月12日掲載)
背中を痛めたプロストは笑顔の中にも疲れがみえた・・・・・・。左はセナ、右はシューマッハー(C)Chunichi
背中を痛めたプロストは笑顔の中にも疲れがみえた・・・・・・。左はセナ、右はシューマッハー(C)Chunichi
◆ Round 5 スペインGP
◆93年5月7〜9日 カタロニア・サーキット
 ▽PP A・プロスト(ウィリアムズ・ルノー)
 ▽優勝 A・プロスト
【プロストのスペインGP】
 ▽予選 1分20秒809
 ▽決勝 1時間32分27秒685

「僕に教えたセッティングで”名手”を証明した」

 スペインGPで表彰台の1番上に立った時、僕はひとみを輝かせながらも、その表情に疲労の色を濃くにじませていたという。表彰台の後で、映像を見ていた友人たちに言われたことだけれど、確かにそうだった。プロストも年をとったものだ。読者のみなさんもそう思われたことだろう。その通りだ。ゴールを通過した時、僕は極度の疲労を感じていた。でもそれには理由があったのだ。純粋に、技術的な理由だ。

 ウィリアムズ・ルノーの超最新技術システムのどこか、サスペンションの一部分にちゃんと作動していないところがあったのだ。もっと詳しく言うと、きっとハイドロリック・システムの中に気泡が入ったのではないかと思う。市販車のブレーキ回路の、ベーパーロック現象に少し似た状態だ。それでマシンはどうなったかというと、気が狂ったようなバイブレーションを起こし始めた。しかもおかしなことに、水平方向のバイブレーションだゴールした時、僕の背骨がどんな状態だったかは、想像してもらえると思う。

 すべてのインタビューに答えるより、フランク・ウィリアムズやパトリック・ヘッド、ベルナール・デュドと話すより前に、僕はトレーナーのピエール・バレディエールに処置を頼んだ。そう、僕は診察台の上で、背骨の痛みを感じながらスペインGPが終わったことをかみ締めていた。

 モナコGPの前に選手権のトップの座をセナから奪い返す−−この目標に達するのは簡単なことではなかった。まず技術的な面では、僕たちがエレクトロニック・アクセレレーターを採用するのは予選だけに限られた。このシステムは完ぺきに作動したし、僕はレースでもそのまま使い続けたいと思ったくらいだ。でも、信頼性の確認がまだ十分になされていなかった。実際のところ、僕の友達でもあるベルナール・デュドは、いつも突発的なことさえ予想して慎重策を取るという、ぜいたくな選択をするのだ。この改良に関して、彼は100%の信頼性を確信できず、ルノー・エンジンはレースに関しては従来のアクセレレーターを装着した。

 このシステムはモナコでは欠かせないものになると、ゴールの後、僕はベルナールに告げていた。そして今週の水曜日からのシルバーストーン・テストを利用して、この新しいシステムの信頼性を確認するつもりだ。この週末、僕にとってもっとも手ごわい相手は明らかにデーモン・ヒルだった。僕はデーモンが大好きだし、彼にもそれはわかっている。でも、彼がフォーミュラ1ドライバーという難しい仕事で成功していくためには、勝つことが必要だ。僕たちがいくら仲がよくても、この事実は変わらない。

 土曜日の朝のフリー走行で彼が最速のタイムを記録した時、僕は難しいライバルを相手にすることになると考えていた。それでも、デーモンは正直なチームメートだ。僕に自分のセッティングを教えることによって、彼はその正直さと、セッティングの名手としての腕を同時に証明してみせた。実際、彼はうまい方法でセッティングを仕上げていったのだ。まず最初にサスペンションのショックアブソーバー機能を思い切り軟らかくすることからスタートしてウイングを寝かせ、ダウンフォースを減らす。その後、ウイングを少しずつ立てていって、つまりダウンフォースを増加させながら、納得のいくセッティングを見つけていく。僕は、このセッティングを採用するしかなかった。すばらしいセッティングだったし、おかげでポールポジションも獲得することができた。

 ポールポジションというのが、最終的には知能を使った体操のようだというのをご存じだろうか? 最初は不可能だと思いながらも、突然ドライビングがものすごく気持ちよくなり、マシンの調子もすごく良くなって、自分自身もその中に巻き込まれる。そして自分でもわからないうちに、まるでひとりでに進んでいくような感じになるんだ。とはいうものの、僕は正直言って、デーモンほどのタイムは出せないと思っていた。デーモンもまた同じように思っていたと、僕は思う……。

 それでも、レースがスタートすれば、僕はデーモンの攻撃に抵抗しなければならなかった。彼のマシンは本当に僕のマシンより性能が高かったけれど、ここでもまた、彼はすばらしいチームメートであることを証明した。さまざまな手段で威嚇しながら、何度か、彼は正々堂々と僕を攻撃してきた。けれど僕がそうやすやすとポジションを譲らないことは、彼にもわかっていたのだ。でも、もしシャシーの状態があれ以上悪くなれば、僕はきっと彼に譲っていたことだろう。自動車レースでは常に、少しは運が必要だ。僕はゴングに救われるボクサーのようだった。41周目、彼がリタイアしたのだ。エンジン・トラブル。おそらく、吸気系の問題だろう。そこからは、1位のポジションを保持することだけに集中した僕は、セナの追い上げも気にしていなかった。

 このスペインGPの結果は、ものすごく有意義なものだ。毎年チャンピオンシップのターニング・ポイントとなるモナコGPに、ドライバーズ選手権においてもコンストラクターズ選手権においても、トップで臨むことはとても重要なことなのだ。モナコでは、セナは非常に手ごわい相手になるだろう。彼がこの特殊なコースで優れている上に、マクラーレン・フォードが驚くべきパフォーマンスを見せることは、僕も確信している。

 でも、僕は最初から負けるつもりでモナコに行くのではない。僕たちがおそらく、技術的に多くの改良、特にABSを備えてこのグランプリに臨むことも、ここに記しておこう。それでも、偶然という要素をおざなりにしてはいけない。その偶然が、たとえばルノーがモナコGPにその名を刻むのを、これまでさまざまな形で妨げてきたのだ。(訳・今宮雅子)

(次回はモナコGP編を掲載します)