93年Round 7 カナダGP編
(93年6月16日掲載)
“すべてがうまくいった”というプロスト(中央)はカナダGP初Vで今季4勝目を飾った。左はシューマッハー、右はヒル(C)Chunichi
“すべてがうまくいった”というプロスト(中央)はカナダGP初Vで今季4勝目を飾った。左はシューマッハー、右はヒル(C)Chunichi
◆ Round 7 カナダGP
◆93年6月11〜13日 ジル・ビルヌーブ・サーキット
 ▽PP A・プロスト(ウィリアムズ・ルノー)
 ▽優勝 A・プロスト
【プロストのカナダGP】
 ▽予選 R1分18秒987
 ▽決勝 1時間36分41秒822

「すべて完璧、最高の週末だった」

 「本当にいい一日だった。もっと頻繁にこういう日があればいいと思うね」

 フランスのテレビの娯楽番組の、お決まりのフレーズを借りて言うと、カナダGPのゴールラインを通過した時、僕の頭にはこのフレーズが浮かんでもよかったはずだ。でも本当のところは……。

 まず、最後のラップではずっと、僕はマンセルのことを考えていた。どんなことがあっても、絶対にステアリングから手を離したくない…ギア・ボックスの作動を止めてしまいたくない、と思ったからだ。F1スペシャリストのファンなら、91年カナダGP、ゴールまであと500mのところで、ナイジェルに何が起こったか覚えていると思う。

 もっとまじめに話すと、僕にとっては本当に珍しいことが起こった。ゴールラインを通過した時、僕は友人であった−−そしてこのサーキットの名前にもなっている−−ジル・ビルヌーブを思い出して、感動的な気持ちに襲われたのだ。

 ここは、僕が一度も優勝したことのないサーキットだ。ケベックに着いた時、このブラック・マジックに打ち勝つことができるか考えていた。説明する必要もないと思う。読者のみなさんも知っているとおり、僕はモナコで本当にひどい経験をしたからだ。

 モナコGPのスタートの映像は、すべての角度から撮影されたものを何度も繰り返し見た。そして、僕はスタートをごまかしてなどいない。だから、勝利を、あるいは最低でも表彰台を、だまし取られたのは僕の方なのだ。絶対に僕はもっといい成績が残せるはずだったのだ。

 フランスのテレビ解説者たちにも、僕ははっきりと言った。モナコでは、規則というものが相手によって違う形で適用された。つまりセナとマクラーレンに対しては寛大で、ウィリアムズ・ルノーと僕に対してはF1から疎外しようというやり方だ。

 ここカナダでも、金曜日の朝のフリー走行でセナのマシンがストップした時に同じようなことが起こった。彼のマシンが危険なところに止まっていたのなら、そこから少し移動させるだけで十分だったはずだ。セッションを中断してまで、マシンをピットに運ぶ必要はない。その後、ベルガーや他のドライバーがコース上で止まっても、マシンはそこに置いたままだったことは、だれもが気づいた。

 でも今回は、こんなやり方はだれも見逃さなかった。フランク・ウィリアムズと一緒に、相当の数のチームのボスたちが抗議をするために競技委員会の方に急ぐのを、僕ははっきり目にした。ことがはっきりしたところで、レースの話に戻ろう。不幸なことが連続し始めると、人間、それがいつ終わるのか自問するものだ。

 モントリオールでは、僕は本当にすばらしいマシンを手にしていた。要約すると、こんなふうにしか言えない。僕はスポーツ選手としてとても重要な週末を経験した。すべての分野に関して、どんな小さなトラブルも、まったくない週末を経験したのだ。

 アクティブ・サスペンション? バンプの多いコースでは気難しかったサスペンションは、とても優しくなった。グランプリの間に行われるテストで、マシンを仕上げてきた成果だ。エンジン? ルノーとエルフはインジェクションと燃料のコントロールに関して、非常に優れた配分を練り上げてきた。それにエレクトロニクスも加わって、低回転でのエンジンのピックアップという、すばらしい切り札を与えられた。この種のサーキットではかなめとなる要素だ。

 ウイングはまったく新しいものになり、最高の効果を生み出した。他に、何を書けばいいだろう? ギアボックス? 日曜日の朝にほんの小さな問題が起こっただけだったが、それもすぐに解決された。残るのは人間の問題だ。

 暑さが加わると特に、このレースはドライバーにとってものすごく厳しいものになることはわかっていた。そしてそのとおりになったのだ。それでも、友人でもあるトレーナーのピエール・バレディエールの助言に従って体調を整え、また、ここに来てからの3回のゴルフも手伝って、僕には準備ができていたのだ。

 本当に、これ以上のことが望めただろうか。まったくトラブルのないレースだった。そして僕はいつもの作戦をとった。つまり、序盤は慎重に行って、デーモンにも先に行かせた。その後ガソリンが減ってマシンが軽くなったところで、トップを奪い返すためにアタックする。そして差を広げていく。デーモンを抜いた後は、自分のレースをコントロールすることができた。これがすべてだ。

 フランスGPを前にして、未来は明るくなってきた。

 F1のチームとFIAの間の戦争が拡大するという話は、あちこちで耳にする。記者会見でも質問されたが、僕はこう答えていた。本当の意味では、それは僕には関係のないことだ。つまり、コンピューターを使おうと使うまいと、僕はドライバーであり続ける。そういうことなのだ。

 マニクールに行く前には、少し休暇を取ろうと思う。ル・ブルジェの航空ショーにも行ってみるつもりだ。もちろん、シルバーストーンでは数多くのテストが行われる。もう理解してもらえたと思うけれど、タイトルへの道はまだまだ先が長いのだ。(訳・今宮雅子)

(次回はフランスGP編を掲載します)