2台とも戻ってきてくれて感激〜ファンの応援に感謝
第17戦日本GP編
日本GP決勝前のイベントで、I・カペリ、G・ベルガーとともに往年のマシンに乗った亜久里代表。中嶋悟氏(左奥)、J・アレジ氏(左手前)らに激励されてコース・インしたが、マシン・トラブルであえなくリタイアしてしまった(カメラ=川柳晶寛)
日本GP決勝前のイベントで、I・カペリ、G・ベルガーとともに往年のマシンに乗った亜久里代表。中嶋悟氏(左奥)、J・アレジ氏(左手前)らに激励されてコース・インしたが、マシン・トラブルであえなくリタイアしてしまった(カメラ=川柳晶寛)
 スーパーアグリにとって最大のイベントである日本GPに臨んだ鈴木亜久里代表。“最後の”鈴鹿開催とあって意気込みも並々ならぬものがあったが、佐藤琢磨(15位)と山本左近(17位)のペアによる初のダブル完走という頑張りもあって、大観衆の前で満足できる内容のレースができたという。目の回るような忙しさのなかで、指揮官はどんなことを思ったのか――。

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 まずは中日ドラゴンズの優勝、おめでとうございます。落合監督の涙にはジーンときた。我々もいつの日か、あんな瞬間を迎えられるように頑張りたいと思う。

 さて、日本GP。ついにわがチームも鈴鹿に帰って来ることができた。思い出してみれば昨年の今ごろはスーパーアグリF1チームなどというものはこの世に存在すらせず、いま考えるとわが事ながらこうやって鈴鹿の大ファンの前で戦うことができるなど奇跡というしかない。あと1戦ブラジルが残っているわけだが、20周年を迎えた鈴鹿は我々にとっては今年の集大成ともいうべき大事なレースとなった。

 予選は、正直なところ思い出したくない結果になってしまった。佐藤琢磨はソツなくタイムをまとめてくれたが“当面の敵”であるミッドランド(スパイカー)に完敗。ダウンフォース5%アップの空力パッケージなども投入したが、その程度のことでは突き崩せない壁がそびえていた。さすがF1と、レベルの高さを再認識した。

 左近はヘアピンの進入でスピン、エンジンが止まってノー・タイム。我々の予選戦略では第1次予選は2アタック。まず1アタック目にそこそこのタイムを出し、2アタック目にフル・パフォーマンスを出し切る戦略だったが、左近の1アタック目はセクター1のタイムがあまりにもよく、左近も“ノッて”いて、ついオーバー・スピードで進入してしまった。アタックした結果なのだからしょうがない。しかし、決勝は今季最も満足すべきものとなった。チームとしてはできる限りのことをやったし、2台がゴールラインに戻って来てくれて本当にうれしかった。

 琢磨は序盤こそ重いタンクでペースが上がらなかったが、軽くなってからは1分35〜36秒台の、ライバルとそん色ないタイムで好走。ミッドランド勢とトロロッソの1台を下した。15位という結果は威張れるものではないが、これはそういうマシンしかドライバーに与えられないボクの実力不足である。

 左近には気の毒なことをした。レース中盤になぜかピット全域が間けつ的な停電に見舞われ左近のピット・イン時がちょうどその時にブチあたってコンピューターが作動せず給油できないハプニング発生。翌周もう1回ピット・インするしかなかった。

 レース終盤にはスプーンでスピンを喫したが、マシンのリアがかなり不安定になっていたようだ。それに加えて左近の体力も相当消耗しており、本人は「肩が張ってました」と言っていた。そんな状態でリカバーできたのは大きな収穫で、中国でウエット、鈴鹿でフル・ドライのレースを戦えたことは左近の大きな経験になると思う。

 けっきょくわがチームで完走できなかったのは、前座の記念デモランでエスポ・ラルースを操りながらゴールラインをまたげなかったボクだけで、今後機会があれば再チャレンジしたい。今度走る時はSA06Bに乗る。

 レースを通じてトラブルを出さず、走り切れたのも大きな収穫のひとつとしたい。

 それにしても3日間で36万1000人という観客が集まった鈴鹿はいつまでも自分の記憶に残るだろう。レースの戦績もうれしかったが、いちばんうれしかったのはファンの応援だった。チーム立ち上げからこれまで何度も何度も地獄を見たが、それも鈴鹿に戻って来られたことですっかり解消できた、そう感じさせてくれたファンの声援に感謝したい。ありがとう鈴鹿、そして鈴鹿のファン! いつかまた強くなってここに戻って来る。(鈴木亜久里)