酒井「3人安定、手応えあった」〜徳留「チームが最後まで集中」
宣篤「緊張のラスト5分、喜びをグッと我慢」
すべてがうまく循環したヨシムラのガレージ(カメラ=北村彰)
すべてがうまく循環したヨシムラのガレージ(カメラ=北村彰)
 今年の「鈴鹿8時間耐久ロードレース」(7月26日決勝)で優勝したのは「ヨシムラスズキ with JOMO」。酒井大作が6周目にトップに立ち、バトンを受け継いだ徳留和樹、青木宣篤が一度もトップを明け渡すことなく183周を走り切る鮮やかなレースを見せた。ヨシムラにとって通算4度目、3人体制では初の記念すべき8耐制覇の感激をあらためて3人に語ってもらった。(聞き手=佐藤洋美)

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 −勝利の予感はありましたか?

 酒井大作「3人が安定して速かったので手応えはありました」

 徳留和樹「マシンをもっと自分のものにできていたら、まだいけるのにと思っていたので不安がありました。いい勝負ができると思っていたし勝ちたかったけど、予感はなかったかな」

 青木宣篤「自信ありましたね。就臣(ゆきお=加賀山)から電話があって、今年はチャンスだって、自分でも思っていましたからね」

 −3強と言われていましたが、TSRの秋吉耕佑が転倒、すぐにハルクプロの山口辰也もアクシデントで消えました。楽な展開でしたか?

 酒井「ドライなら新記録の217周を目指していました。その目標達成のために平均ラップタイムを割り出してもらっていた。確実に自分の仕事をすることに集中していた。だからライバルがいなくなったことは関係なかったですね」

 徳留「僕が乗ると雨がバーッと降った。何度もピットに入ろうと思ったけど、そうするとシミュレーションが崩れる。マシンを寝かせられず、いつ転んでもおかしくなかったので転ばないようにと思いました」

 −ヨシムラ・ライダーとしてプレッシャーが大きかったと思いますが

 酒井「決勝前夜、ビビッている自分に陽平(加藤)監督と辻本(聡)さんが『お前しかいない』と言ってくれたんです。腹くくって行くしかないと覚悟しました。それでも怖かったし、すごい重圧でスタート前は戻しそうになりましたね。でも至る所でヨシムラファンが支えてくれた」

 徳留「ヨシムラはライダーのことを大事にしてくれるので、ピットワークを頑張るからお前も頑張れって感じで、僕はあんまり(プレッシャーを)感じていなかった」

 青木「ヨシムラとの付き合いも4年、根拠のない自信もあって落ち着いていましたね」

 −どこで勝ったと確信しましたか?

 酒井「ヨシムラは優勝目前のラスト5分で転倒した歴史があるので、最後の最後まで1つひとつのコーナーを大事に走ろうと…。もう雑念を払うのがたいへんでした。だからチェッカーの瞬間ですね。もう体力よりメンタルがきつかったので涙が出てどうしようもなかった」

 徳留「表彰台ではホッとしすぎて、これは夢かなぁ〜と(笑)。今年はレースができないというところからのスタートでした。それがヨシムラで8耐に出られるだけでもうれしいのに優勝できて最高です」

 青木「最後の走行はハラハラしていました。ヨシムラにはラスト5分のトラウマがあるのでチェッカーまでは絶対に喜べないという緊張感があって、グッと我慢していましたからね。その反動で喜びが爆発した。やっぱり、表彰台の真ん中は最高でした」

 −勝因は?

 酒井「速く走るということよりどんな状況でも強いチームでいようとスタッフみんなの気持ちが一つだったからだと思います」

 徳留「本当にチーム全体が集中力を切らさなかった」

 青木「監督や辻本さんと相談しながら雨でも晴れでもOKのマシンを仕上げていた。きちんと準備ができていたことで慌てずに対応できたことでしょうね」

 −これからは?

 酒井「全日本に気持ちを切り替えます」

 徳留「来年に向けてレギュラーに戻れるように頑張りたい」

 青木「MotoGPの開発テストをしっかりします。8耐同様、全日本もMotoGPも応援をお願いします」

 [ラスト5分の悲劇]
 1987年の8耐で、トップを走っていたヨシムラ・スズキの高吉克朗/G・グッドレロー組は、K・マギー/M・ウィマー組(ヤマハ)に追い上げられた。マギーはタイヤ交換せずに連続走行して高吉を追い詰めるが、その差は残り10分で10秒。追い付かれることはないと思った直後のラスト5分、高吉は1コーナーで周回遅れと絡み、まさかの転倒。マギー/ウィマー組が逆転で優勝した。ヨシムラにとってこの敗戦のショックは大きかった。