ライフワークの8耐で引退を決めてレースが出来ることに感謝
 「青木3兄弟」の長男で、かつてロードレース世界選手権(WGP)で活躍した青木宣篤(50)が、この鈴鹿8耐を最後に現役を引退する。スズキGSX−R1000Rを駆る「TERAMOTO@J−TRIP Racing」から、チームの共同代表兼ライダーの寺本幸司(50)、全日本の最高峰JSB1000クラスを戦う津田一麿(34)とともにスーパーストック(SST)クラスの勝利を目指す。
 世界耐久選手権(EWC)第3戦の鈴鹿8耐の参戦チームは総合優勝を争う「フォーミュラEWCクラス」と、より市販車に近いバイクで戦う「SSTクラス」がある。近年の8耐はSSTにも強豪が参加して熾烈(しれつ)な戦いが繰り広げられている。

 「TERAMOTO@J─TRIP Racing」はSSTの常連で、19年には3位入賞を果たした。3年ぶりの鈴鹿8耐では優勝を狙うことは当然だが、今回は“レジェンド”青木宣篤の引退レース。特別な思いを込めた戦いになるが、それまでの過程は平たんではなかった。

 「19年にSSTクラスで3位表彰台に上がった後、スズキからオフィシャルチームでの参戦と、青木選手の引退レースの話を頂いて、とてもうれしかった。自分と青木選手は1971年生まれの同い年だが、彼は自分にとってスーパースター、雲の上の存在。日本を代表するライダーとしてリスペクトし続けてきた。その青木選手と一緒に走れることは光栄だ」と寺本は振り返る。
 引退レースは20年の予定だったが、新型コロナのため延期になった。そして、宣篤が19年秋に咽頭がんの診断を受け、放射線治療のため3カ月の入院を強いられた。

 「治療はうまくいったが、リンパへの転移の心配が残るため、5年は様子を見ている状態。後遺症は残っているが、引退レースを走ることを諦めなかった」

 宣篤はトレーニングを強化しながら21年の鈴鹿8耐参戦を目指してテストに参加。だが、デグナーで転倒し、左足の甲の関節の脱臼骨折と靱帯(じんたい)を損傷する大けがを負った。復帰に半年はかかると言われながらも、過酷なリハビリを自らに課し、3カ月で復帰。8月末にはバイクに乗れるようになったが、21年の8耐もコロナで中止になった。

 「がんの治療、予期せぬけがと、8耐が開催されない期間にいろいろなことがあった。通常のスケジュールなら参戦は難しかったが、諦めずにいたことが今年の8耐につながった。がんになったことを公表しようと思ったのは、同じような状況の人に、やりたいことがあったらそれに向かってほしいと思ったから」と宣篤は心情を吐露する。
 現役引退を考え始めたのは、勝ちにこだわるレースができなくなったから。自分を追い込まずに楽しむレースならまだまだやれる自信はあるが、「楽しむだけのレースはしてこなかった。どんな状況でも自分を追い込んできた。それ以外の向き合い方ができない」。

 そして、「引退を決めてレースができるライダーはまれだと思う。そんな機会を与えてもらえたことに感謝。鈴鹿8耐は、ライフワークのように挑んだ大事なレース。09年にヨシムラで優勝できたことはいい思い出で、ヨシムラのレースに向かう姿勢を学ばせてもらった。スズキのテストライダーとしてモトGPの開発に関わった時間は、ライダー人生の中でも最も自由でやりがいがあった。最後の8耐で駆るGSX─R1000Rは、スズキのモトGPのDNAを受け継いだマシンで、自分も何度かテストさせてもらった思い入れのあるバイクだ。これで最後のレースを走ることができるのがうれしい」

 7日の決勝に先だって、宣篤の2人の弟が駆け付けてラストランを盛り上げる。現在は車いすドライバーとして活躍する次男の拓磨(48)、オートレースのトップ選手になった三男の治親(46)と宣篤の青木3兄弟が勢ぞろいして引退セレモニーを行うことになった。

 3人はポケバイ時代から注目を浴びて、ミニバイク時代もブームを巻き起こし、全員がロードレース世界選手権(WGP)に参戦してメディアをにぎわした。宣篤は93〜04年までWGPを戦い、その後はテストライダーを務めながら8耐参戦を続け、これが自身13回目の8耐になる。
 寺本は「青木選手と自分の年齢を合わせると100歳。なかなか年季の入ったライダー2人に、中堅の津田一麿選手に加わってもらう。津田選手は去年の全日本JSB1000で中須賀選手を抑えてポールポジションを獲得した速さを持つ。3人力を合わせて熱いレースがしたい。EWCのトップ争いだけでなく、SSTの戦いにも注目してほしい」とアピール。津田も「青木選手が心置きなく最後のレースを走り切れるように頑張りたい」と最大のサポートを誓った。


★青木宣篤の引退セレモニー「青木宣篤 Ready for the Last Race」 決勝前の7日の9時40分〜10時5分に鈴鹿サーキットで行われる。青木3兄弟がそろってデモランを行い、長男をラストランへ送り出すイベントは必見だ。

 ▼寺本幸司(てらもと・こうじ)71(昭和46)年9月28日生まれ、50歳。大阪府出身。01〜09年全日本ST600参戦。10年からJSB1000。13年にはトリックスターからルマン24時間参戦。そのほかEWCに数多く出場した。
 ▼青木宣篤(あおき・のぶあつ)71(昭和46)年8月31日生まれ、50歳。群馬県出身。青木3兄弟の長男。89年全日本に当時最年少の17歳で昇格してGP250にホンダから参戦。93年からWGP250ccにフル参戦し、マレーシアGPで初優勝。97年から500ccに上がり、その年ランキング((R))3位でルーキーオブザイヤーを獲得。サンマリノGPでは2位になり、弟の拓磨(3位)とともに表彰台。98年スズキに移籍して00年まで500cc。02〜04年はプロトンでモトGP参戦。05年からスズキのモトGPマシンの開発を担当。09年鈴鹿8耐にヨシムラから酒井大作、徳留和樹と出場して初優勝を飾った。
 ▼津田一麿(つだ・かずま)88(昭和63)年6月2日生まれ、34歳。和歌山県出身。06年全日本ST600参戦。07、08年はJSB1000で(R)19、23位。14年ST600。17年JSB1000に戻って(R)30位。今季はJSB1000で(R)13位。