第43回鈴鹿8耐特集
鈴鹿でテストするチームのために山形から駆け付けた村山社長とライダーたち。(左から)出口、秋吉、村山社長、今野
鈴鹿でテストするチームのために山形から駆け付けた村山社長とライダーたち。(左から)出口、秋吉、村山社長、今野
 全日本ロードレース選手権JSB1000クラスに参戦している「Murayama.Honda Dream.RT」は、エースライダーに秋吉耕佑(47)、世界耐久選手権(EWC)の実績を持つ出口修(48)、全日本で活躍していた今野由寛(42)のベテラン3人を起用。いぶし銀の走りで8耐を盛り上げる。

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速さは健在。チームをけん引する秋吉
速さは健在。チームをけん引する秋吉
 秋吉耕佑は18歳で九州選手権にデビューした。後にモトGPライダーになる玉田誠氏や故加藤大治郎さんらと激闘を繰り広げ、95年全日本昇格と同時にスズキ入りした逸材。ロードレース世界選手権(WGP)を戦ったRGV−Γ500やGSV─Rの開発を担い、一時はレースから離れたが、05年に全日本JSB1000に復帰。その初戦でいきなりポールポジションを獲得し、最終戦では優勝も飾った。モトGPにもスポット参戦して、レギュラーライダーと遜色のない走りで注目を集めた。

 天性の速さとバイクへの感覚の鋭さが異次元であることから「宇宙人」と呼ばれる秋吉と、けがを恐れぬどう猛な走りで「野獣」と呼ばれた加賀山が、07年にはヨシムラから8耐に出て優勝を飾る。また、秋吉は08年のJSB1000では開催サーキット全てでレコードを更新し、8戦中3勝を挙げた。

 09年にはホンダに電撃移籍。モトGP開発ライダーを務めながら全日本にスポット参戦。同年の鈴鹿8耐ではポールスタートから序盤に転倒し、最後方まで落ちながらも追い上げて9位フィニッシュという離れ業を演じた。だが秋吉は、この時の転倒の悔しさが、今もなお自身の起爆剤になっていると言う。10年の8耐は3位。11年は伊藤真一、清成龍一と組んで優勝する。12年は大腿(だいたい)骨骨折から4カ月で復帰して鈴鹿8耐参戦。ジョナサン・レイ、岡田忠之と組んで鈴鹿8耐連覇を果たした。全日本JSB1000でも10、11年とタイトルを獲得しつつ、モトGPにもスポット参戦。秋吉の走りは規格外の破壊力があり、レースファンの心を捕らえ続けた。

 15年からはプライベートチームで全日本、鈴鹿8耐参戦を続け、後進を指導しながら走り続けたが、所属チームの撤退を受け、自らチームを立ち上げたのが20年だった。
出口修
出口修
 輝かしいキャリアを持つ秋吉が、あえて苦労承知でチームを組織。この年はJSB1000に参戦するも、ランキング18位に終わる。

 「オートバイが好きで、この素晴らしさを世に広めたいという思いがある。ワークス時代のようにはいかないけど、上を目指すレースには力を尽くすことが凝縮されている。その面白さを感じてもらえるように活動を続けたかった」

 21年3月、秋吉は山形にある株式会社村山運送の村山裕樹社長と出会った。同社長はバイク好きで、05年の日本GP観戦をきっかけに、欧州のGP観戦に何度か出掛けていた。10年のカタルーニャGPで、スポット参戦した秋吉とも会ったことがあったが、その時はあいさつ程度で、あくまでもライダーとレースファンという関係だった。

 秋吉はスポンサードのお願いのため会社宛てにメールを送った。受け取った村山社長は「秋吉選手と言えば07年のヨシムラでの鈴鹿8耐優勝は特に印象に残っていた。なので、まさかあの秋吉選手から連絡があるとは思えず、最初はいたずらだと思ったが、その後も連絡が入り、会社にも訪ねて来てくれて“本物”だと驚いた。レースへの熱意が伝わってきた」と感服している。

 そして村山社長は、レースを応援することで、社員の絆を深め、地域貢献にもつなげようと乗りだすことになった。秋吉も「トラック業界のことを知ってもらいたい。村山運送さんのある山形への貢献もできたら」と考え、オフの時間は村山運送で働かせてもらうことを条件にした。

 21年には「MURAYAMA・TJC・RT」としてJSB1000に参戦、ランキング7位と健闘した。ショッピングモールでのトークショーや、駐車場でJSB1000マシンのデモランなどのイベントを開催し山形からモータースポーツを盛り上げる活動も始めている。
今野由寛
今野由寛
 22年は「Murayama.Honda  Dream.RT」として、全日本と鈴鹿8耐参戦を掲げ、秋吉は早々に鈴鹿8耐ラインアップを考えだした。

 「出口選手はEWCのボルドール24時間で表彰台に上っている耐久のスペシャリスト。今野選手はスズキ時代から知っていて、その才能を高く評価している。条件がそろえば、速さを見せてくれるはずと思って声をかけた」と言う。

 秋吉は全日本開幕戦(もてぎ)の予選で転倒、左足の脛骨(けいこつ)と足首を骨折、右足の指も折ってしまう。そこで決勝には今野をスポット参戦させ、続く鈴鹿2&4には出口が代役参戦。3戦目のオートポリスでは今野を代役とし鈴鹿8耐に向けての準備を進めた。本人も驚異の回復を見せて6月の第4戦SUGOで復帰。8耐事前テストに間に合わせた。秋吉は復帰走行ながら2分8秒台にタイムを乗せ、ここでも「宇宙人」が周りを驚かせた。

 「村山社長と一緒にレースをするようになり、その仕事への向き合い方から、学ばせてもらうことも多く、このチームで初参戦となる鈴鹿8耐を成功させたい。自分も冬は除雪作業に従事するトラック運転手でもあるので、トラック業界で働く人たちにも、より身近に応援してほしいと願っている。現状の中でベストを目指す。チーム一丸となった時に出る力が楽しみであり、やりがいを感じる。トップ10を狙いたい」。不屈の挑戦者、秋吉の新たな鈴鹿8耐挑戦が始まる。

ライダー略歴

 ▼秋吉耕佑(あきよし・こうすけ)75(昭和50)年1月12日生まれ、47歳。福岡県出身。95年全日本参戦。98〜04年はスズキの開発ライダーとしてRGV─Γ500、GSV─Rの開発を担当。09年ホンダに移籍。10、11年全日本JSB1000王者。鈴鹿8耐は3度優勝(07、11、12年)。今季は全日本JSB1000第4戦に出場。

 ▼出口修(でぐち・おさむ)73(昭和48)年11月5日生まれ、48歳。愛知県出身。01年全日本JSB1000に参戦、ランキング((R))2位。13年ルマン24時間9位。16─17年EWCフル参戦、ボルドール24時間3位、(R)10位。近年は鈴鹿8耐を中心に参戦。

 ▼今野由寛(こんの・よしひろ)80(昭和55)年6月11生まれ、42歳。千葉県出身。98年全日本参戦。01〜04年は同STに、600参戦。05〜16年JSB1000に参戦。12年の(R)5位が最高。近年は鈴鹿8時間を中心に活躍。
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