第1弾新春スペシャル編
タンデムマスターのアシストを受け、ベテラン勢に囲まれご機嫌のノリック(中央下)、空の旅を満喫した(カメラ=間曽憲治)
タンデムマスターのアシストを受け、ベテラン勢に囲まれご機嫌のノリック(中央下)、空の旅を満喫した(カメラ=間曽憲治)
 ウサギ年生まれのノリックが99年の大跳躍を誓うダイビング――。昨年暮れ、生まれて初めてのスカイダイビングに挑戦、高度4000メートルから一気に降下し、約50秒間のフリーフォールという空中遊泳を楽しんだ。元旦のトーチュウ1面を飾った顔には未知との遭遇の驚きが満ちあふれていた。WGP500ccクラスでもチャンピオン争いは“未知との遭遇”だが、今年こそ――。ノリック独占手記「No Limit」第1弾は“誓いのスカイダイビング”を語ってくれた。
 生まれて初めてのスカイダイビングは、とにかく強烈な印象を残してくれた。それは飛び降りる瞬間の”恐怖”に尽きる。準備を終えて飛行機に乗り込み、高度を上げていくところまでは、全然怖くなかった。ところが、いざ飛び降りる瞬間になって、恐怖が全身を貫いた。自分ではどうしようもないし、人に自分の命を託す怖さとでも言えばいいのかな。とにかく、死んでもいいと思わないと飛び降りられない感じだった。

 自分にとって守りたいもの、例えば家族がいたりなんかしたら、絶対に無理だなって思ったんだ。でも、僕にはそんなものは何もなかったし、ここまで来たらもう後には引けない。インストラクターの「よし、行くぞ」という掛け声と同時に「ウウウウゥゥゥゥゥ、ウワァ〜」って絶叫が出たらしい(自分では記憶にない)。けれど、ホント、それぐらい怖かったんだ。

 体をハーネスで固定して僕と一緒に飛び降りてくれたのは、日本でもっとも会員の多い東京スカイダイビングクラブの代表の大塩幸宏さん(タンデムで一緒に飛び降りてくれるインストラクターの人をタンデムマスターと呼ぶ)。そのほかにヘルメットにビデオカメラとスチール用のカメラを固定したカメラマンの間曽憲治さん、クラブで2000回以上は飛んでいるというベテランの人ばかりが4人、合計7人で空の旅を楽しもう? ということに。

 天気は最高に良かった。風もなく絶好のコンディション。前夜、冬型の気圧配置になっているということで、朝8時に埼玉県比企郡川島町にある通称、桶川飛行場に集合したけれど、ビックリしたのは、これから空を飛ぶというのに、みんなすごくリラックスしていたこと。タンデムマスターの大塩さんも「飛ぶ直前に簡単に説明するけど、それまでゆっくりしていて」と、まるでこれから釣りにでも出掛けるという感じのリラックスぶり。僕も全然緊張しなかった。

 その後、みんなで準備を始め飛行機に乗り込んだ。高度4000メートルになると、狭い室内で専門用語が飛び交う。飛び出すポイントを見ているらしいんだけど、その時になってようやくというか、急に緊張し始めた。それまで美しく見えていた富士山の記憶もどこかに吹き飛んだ。そして大塩さんと一緒に飛行機の縁に立った瞬間、頭が真っ白になったんだ。飛ぶ前に、全員で手を重ねて掛け声を掛け合う。何を言っているのかも記憶にはないけど、(「Ready! Set! Go!」というらしい)、最初の人が空へ何気なく飛び出していく。“次々と”という言葉がピッタリするほど……、心の準備をする間もなく僕の番が来た。

 飛行機に乗る前までは、テレビで見た、インストラクターの首にパラシュートのひもがまとわりついて失神するという「衝撃の映像」ばかりが脳裏を駆けめぐっていた。カメラマンの鋭い判断で最悪の事態を逃れることができたが、そんなことになったらどうしようとばかり思っていた。それを飛ぶ前に大塩さんに言うと、「あっ、そう」とニコニコしている。「タンデムで事故はあるんですか?」と聞くと、「一度もないよ。外国では最初にタンデムを始めた時にあったらしいけど」と、またニコニコ。説明を聞くと、二重三重の安全策を講じているから大丈夫という。それでもねえ……。

 そして恐怖のジャンプ――。「ぐわあ!」――ですよ。ところが、ところがですよ。飛び出す瞬間にあれだけ怖かったのに、飛び出した後は、まったく怖くないんだ。ジャンプの後は落ちているという感じは全然なかったし、周りにクラブの人がたくさんいてスピード感もない。初めてだっていうのに、みんなと手をつないだりする余裕もあって、何て楽しいんだと、心の底から思ったもの。最高の空の旅だったね。

 でも、最後はまた恐怖を味わうことになった。急降下からパラシュートが開いた瞬問だよ。これは怖かった。

 それまで聞こえていた風切リ音か急になくなって、タンデムマスターとのハーネスが切れたような錯覚に陥って、超〜焦った。あれって不思議なんだよね、パラシュートが開いてからの方がスピード感があるんだ。ランディングするまではちょっとばかり? 怖かった。

 それに気圧の変化で起きる耳の違和感、そう周りの音がよく聞こえなくなる“あれ”なんだけど、耳抜きがうまくできなくて……。もともと耳は強い方じゃなかったから、あの痛みはつらかったな。

 でも、何て楽しいんだ、という思いは変わらない。終わってみればあっという間の出来事だったけれど、それが元旦のトーチュウの1面を飾ることになった。これはすごくうれしいことだったし、一生の思い出だった。

 と、いうところで、今年もよろしく。次回「No Limit第2弾」では“本職”のお話をお届けします。

■1999年1月7日掲載