第7戦オランダGP編
予選で転倒、満身創いながら、6位フィニッシュを果たしたノリック(カメラ=遠藤智)
予選で転倒、満身創いながら、6位フィニッシュを果たしたノリック(カメラ=遠藤智)
 初日5番手と好調のうちに始まったノリックこと阿部典史のオランダGPは、2日目予選の大クラッシュで大きく流れが変わった。200km/hで転倒。頭を強打、右肩と右足首を負傷して決勝欠場のピンチを迎えたのだ。しかし、痛みをこらえて決勝に出場したノリックは力を振り絞って6位フィニッシュ。鮮やかな復活劇を見せた。
 今回のレースは2日目の予選がすべてだった。セッション終盤の最後のアタックで、最終コーナーのシケイン手前の左高速コーナーで転倒。頭を強く打ち、右足首と右肩を痛めてしまった。転倒はこれまで何度も経験しているけれど、記憶がなくなるくらい強く頭を打ったのは、チーム・ロバーツから出場した94年のドニントン(イギリスGP)以来のこと。

 記憶は、転んだ後に腹ばいのままコース上を滑っていくところまで。体勢があまりにも悪いので、何とか体の向きを変えようともがいていた。でも、あまりの速さにそれができない。で、次の記憶は医務室。

 エアーフェンスの横で座っていたことも、両わきを抱えられて救急車に乗せられたこともまったく覚えていない。後でテレビで見てもまったく思い出せなかった。自分で言うのもおかしいけどすごい転倒だった。

 転んだ左の高速コーナーは5速から4速にシフトダウンしてすぐに5速に入れる所。コンピューターで見るとしっかり200km。そこでフロントからスパッときれいに転んだ。

 去年も予選は3番手。頑張ろうと思っていた。ところが2回目の予選はクリアラップがまったく取れず。それで時間がどんどんなくなって焦ってしまった。転倒個所は僕がもっとも得意な所で、遅れた分を取り戻そうと頑張りすぎたのが原因。去年からここで転んだら絶対にまずいと思っていたから、ああ、やってしもうたぁって感じだった。

 それで結局、予選8番手。これも記憶にはないけど、医務室でスタッフに言った最初の言葉が「ビアッジ何番? チェカは? オレは?」という質問だったらしい。それどころじゃないっていうのに、同じバイクに乗ってる連中には負けたくないって気持ちが、出てしまったらしい。まったくノリックらしいって笑われたけど、転んだのが悔しかったんだろうな。

 それからが地獄。頭は痛いし足も肩も痛い。決勝はだめだと思ったけど、これまで一度も決勝をやめたことがなかったし、何としても走りたかった。トレーナーの生田目さんに右足首をテーピングしてもらい、痛み止めの薬を飲んで決勝に出ることにした。頭が痛いのがちょっと心配だったけれどね。

 走り出したら予想以上にきつかった。リアブレーキがまったく使えなくて参った。スタートも決まらなければ、コーナーで踏ん張りも利かない。前半は痛みとの戦い。中盤からは痛みは感じなくなったけど、今度は体に力が入らなかった。

 それでセカンドグループにもジリジリと離されたけど、ビアッジにだけは負けたくなかった。結局、抜けなかったけど。でも、優勝したのが岡田さん。コース上ではおめでとうって声を掛けたけど、どうしようもなく悔しかった。

 その日の夜、アッセンから少し離れた小さな街で中華料理を食べた。頭がズキズキして足もズキンズキンして立っているのがやっとって感じだったけれど、取りあえず食欲はあったし、大丈夫だと、自分に言い聞かせた。足のテーピングとスリッパ姿がちょっと情けないけどね。

 翌日、バルセロナに帰ってみても痛みは引かない。で、バルセロナで一番大きな病院で2日間、精密検査をしてもらった。頭は大丈夫だったけど、足首は外側のじん帯が切れていた。ほかのスポーツなら手術して休養って状態らしいんだけど、今週のイギリスGPはテーピングで足を固めて出場することに決めた。

 イタリアで転び、力タロニアでも転んで2レース連続でリタイア。今回は予選で転んだので、スタッフは徹夜でバイクを仕上げてくれたらしい。それで僕が6位になったのですごく喜んでくれた。納得できる走りじゃなかったけど、欠場しないでよかったなってつくづく感じた。今週のイギリスGPも、厳しい戦いになるだろうけど、得意なサーキットだから、何としても表彰台に立ちたい。ここと次のドイツは開幕前から狙っているところだし、痛いなんて言ってられないんだよね。

■1999年7月1日掲載