第10戦チェコGP編
転倒を喫して再スタートをきったノリックだったが、リタイアとなってがっくり(カメラ=竹内秀信)
転倒を喫して再スタートをきったノリックだったが、リタイアとなってがっくり(カメラ=竹内秀信)
 転倒火災事故でスタートがやり直しになったチェコGP。3列目9番手スタートの阿部典史は、2度のスタートをともにバッチリと決めた。1コーナーはM・ビアッジ、A・クリヴィーレに次いで3番手で進入し、中盤には5番手に落ちたものの4番手を走行するロバーツJrを猛烈に追い上げるのだが、14周目に痛恨の転倒。残念無念のリタイアとなった。
 転倒リタイアに終わってしまったけれど、自分としてはできるだけのことはやったし、今回は後悔のないレースだった。転んだ原因は自分でもよく分からない。それまでの周回と比べても、そんなに無理をしていたわけではなかった。ただ、前を走っていたジュニア(K・ロバーツJr)が、その時、ちょっとワイドなラインを通った。それでつい、アクセルを開けるのが早過ぎたような気がする。それでフロントが滑ってしまったのかもしれない。

 転んだ後に、バイクを起こし、オフィシャルに押してもらって再スタートを切った。左のステップが折れていて乗りにくかったけれど、何とか最後まで走ろうと思った。だけど、転んでから3周を走って、これはとても無理だと思ってリタイアすることに決めたんだ。

 今回は本当に波乱のレースだった。最初のレースは、スタートがバッチリ決まった。1コーナーに入った時には4番手。よ〜しと思ったら、2周目に赤旗が出た。後ろの方で転倒者が出てマシンが燃えてしまった。コースサイドのエアフェンスとタイヤバリアまで燃えてしまう大きな火災で、約1時間遅れで再スタートになった。

 赤旗中断の時点の順位で再スタートするのかと思っていたら、最初のレースは完全に無効で、イチからのやり直しになるという。それを聞いて、また同じスタートが切れるのだろうかと憂うつになった。ついてないなあと思った。

 でも、気分を入れ替えてグリッドに並んだ。そして2度目のスタートもうまくいって1コーナーは3番手につけることができた。その後はトップはビアッジで、クリヴィーレ、ジュニア、そして僕、岡田さん、原田さん、宣篤さんが一列で走行した。序盤が終わるころに、後ろにいた岡田さんに抜かれた。岡田さんはどこでブレーキを掛けてるんだろうと、後ろでじっくりとブレーキングポイントを見ているうちに、今度は原田さんに抜かれてしまう。あれれっ……、失敗したなって思ったけれど、後の祭りだった。

 その時に、予選が終わった後に原田さんが言っていた「やっぱりアベのは速いや」って言葉が脳裏をよぎった。だから、原田さんのことをすぐに抜き返せると思っていたら、これがなかなか抜けない。後ろから見ていると、原田さんはタイヤを滑らせないし、ツツツツツって感じで立ち上がっていく。だから、ストレートに出ても、2気筒のアプリリアになかなか追い付けない。コーナーの立ち上がりから慎重に、そして失敗のないようにアクセルを開けてスピードを乗せていかないと、なかなか抜けなかった。

 それで何とか原田さんをかわすことができた。と思ったら、今度は4位を走っているジュニアにあっという間に追い付いた。これなら……と思っていたら、14周目のバックストレッチに向かう手前のコーナーで、フロントから滑って転倒してしまったんだ。ジュニアがコーナーではらんでしまって、この先で抜けるかもしれないとついついアクセルを開けるのが早かったせいかもしれない。でも根本的な問題は、予選から感じていたフロントの不安感だったんだ。

 とにかく、べストラインが一本しかないこと。前にだれかがいたり、競り合った時に、違うラインを通ってみようと思ったり、ちょっとでもラフな運転をすると、すぐに限界を超えそうになってしまうことだった。これくらいなら大丈夫という部分がまったくなくて、それが今回の転倒につながった。これを解決しないと優勝争いに加わるのは難しい。次戦に向けて何とかしなければ……。

 でも、結果こそ残らなかったけれど、残りのレースに向けていい手ごたえはつかめた。6月のオランダで傷めた右足もかなり良くなってきたし、次のイモラGP(9月5日決勝)は、マシンを完ぺきにして絶対にいい結果を残そうと思ったんだ。

 今回のチェコGPは、長い夏休みを終えて久しぶりのレースになった。サーキット入りした日に、原田さんと青木宣篤さんと、モーターホームで盛り上がった。レースでは岡田さんも加わって、500ccの日本勢はにぎやかだった。今回は岡田さんが優勝したけれど、今度はオレだと、みんなもますます気合が入っているようだった。

 僕も96年の優勝から2度目の優勝がなかなか果たせないだけに、一日も早く2勝目を挙げたい。今はそれしか頭にはないし、イモラGPが早く来ないかと思っている。

■1999年8月25日掲載