第11戦イモラGP編
いったん順位を下げたノリック(右)は再浮上してトップ争いに加わったが……(カメラ=竹内秀信)
いったん順位を下げたノリック(右)は再浮上してトップ争いに加わったが……(カメラ=竹内秀信)
 WGP第11戦イモラGPは、予選、決勝ともにシ烈な戦いとなった。予選は2列目8番手までが1秒差という大接戦。決勝もトップ集団が8台に膨れ上がる大混戦となった。その中で予選6番手につけた阿部典史は、絶好のスタートで1周目4番手。中盤には5番手にポジションを落としたが、終盤には3番手に浮上。前を走るA・クリヴィーレとA・バロスを猛烈に追い上げた。だが、ラスト2周で痛恨の転倒。再スタートを果たしたものの11位に終わった。
 予選が終わった時に、今回はいいレースができると思った。セッティングは完全に詰めきれなかったけれど、トップとの差もほとんどなかったし、予選のベストタイムに近いタイムでコンスタントに走ることができた。決勝が1分49秒から50秒台の戦いになったら、絶対に優勝争いに加われると思っていたんだ。

 だから、すごく落ち着いていたし、スタートもうまくいって1周目は4番手につけた。ジュニア(K・ロバーツJr)とクリヴィーレ、岡田さん、そして僕の順。最初はガソリンが満タンで思ったようにペースを上げられなくて、その間にバロスに前にいかれてしまったが、動揺はなかった。

 そのうちにタンクが軽くなっていい感じになり、すぐにトップグループに追い付いた。でも、それからがなかなか前に出られない。ブレーキングで奥までいけず、立ち上がりでギャップに乗って跳ねる。集団の中で我慢の走りになった。

 イモラはアクセルを全開にする時間が長くてコーナーの進入でハードブレーキングが要求される。抜けそうでなかなか抜けない。タイヤにも厳しくて、中盤まではみんなペースを抑えていたけれど、終盤になるとクリヴィーレとバロスがペースを上げて逃げに出た。

 しかし、前を走るジュニアと岡田さんのペースが上がらない。このまま離されるわけにはいかないと思ったし、岡田さんとジュニアを何とか抜いて前の2人を追いかけた。前にだれもいなくなると、思っていたよりも楽にペースを上げることができた。それで前の2人にすぐに追い付いたのだけれど、クリヴィーレとバロスもペースを上げて、1秒差くらいからなかなか詰まらなかった。

 その時点で、後ろのビアッジとの差は3秒あったし、3位をキープするのは楽だったけれど、今回は3位はいらないと思った。とは言っても、誤解しないでほしいのは、3位になってもうれしくないということじゃない。クリヴィーレとバロスがすぐ目の前にいるのに、3位をキープしようと守りの走りになることが嫌だった。全力で追いかけて、その結果として3位になるのなら自分でも納得できる。とにかく、バロスとクリヴィーレを抜きたい。それだけを考えて走った。

 そのチャンスがあの周回だった。残り2周。その前の周にバロスがクリヴィーレに仕掛けて失敗していた。それまで1秒あった差が、あの時点で0.5秒に縮まっていた。よーし、絶対に抜いてやろう。真後ろについてやろうと気合が入ったんだ。でも、バロスも自分の失敗をリカバリーしようと必死だった。ペースも上がっていた。でも、ここで離されるわけにはいかないと思ったし、いつもよりアクセルを開けるのが早くなって、それでフロントから転んでしまったんだ。

 転倒の原因は、完全に自分のミス。3位を走っていて、何で転ぶんだと思うかもしれないけれど、自分ではやれるだけのことはやった。結果として転んでしまったけれど、納得のいくレースができたと思った。

 コーナーでもう少し奥まで突っ込めるセッティング。立ち上がりでリアが跳ねない状態にマシンを仕上げることができれば、もう一歩前進すると思う。その問題点がクリアになれば、絶対に表彰台の真ん中に立てると確信したんだ。

 7日に24歳になった。前は誕生日が来るのがすごく嫌だったけれど、最近はあまり気にならなくなった。それよりも、次のバレンシアGP(19日決勝)のことを考えている。チームの地元で、しかもヨーロッパ最後のレース。自分もチームも一緒になって喜べるようなレースにして、いい気持ちで日本に帰りたいと思っている。

■1999年9月8日掲載